ポール・バーホーベン監督最新作(70点)
2006年ベネチア国際映画祭で話題になった本作は、現在アメリカで公開中で非常に良い評判を得ている。監督は『ロボコップ』や『氷の微笑』などで世界的に幅広く知られるオランダ出身のポール・バーホーベンだ。彼は20年以上もの間ハリウッドで活躍していたため、今作が故国で撮影する20年以上振りの作品となった。映画は彼のハリウッドでの経験により、スリリングで官能的な作品に仕上がっている。
映画の舞台はナチス占領下のオランダ。そこに一人のラヘルという若い女性がいた。彼女は以前歌手をしていたが、ユダヤ人狩りを逃れるためにオランダ人の家で隠れて生活していた。そんな彼女は何者かの裏切りによってナチスに家族を殺害され、レジスタンスの一員として見を置く事になる。そして髪をブロンドに染め、エリスと名乗り、レジスタンスのスパイとしてドイツ軍の諜報部のトップに近づく。物語はこの女性の波瀾万丈の半生を通して描かれる。裏切りの連続により誰が味方かわからなくなるストーリーは極上のエンターテイメントとして成立している。
まず特筆すべきは、映画の中でひときは輝きを放っている主演女優のカリス・ファン・ハウテン。彼女は本作『ブラックブック』でオランダ映画祭の最優秀主演女優賞を受賞している。戦争に翻弄される役を演じた彼女は美しくとても印象的だった。そして主人公ラヘルがエリスとして近づくドイツ人将校役のセバスチャン・コッホは2007年度のアカデミー賞にノミネートされた『善き人のためのソナタ』にも出演しており、素晴らしい演技を披露している。少々悲しげな面影を残す役柄がよく似合う俳優である。
映画は重厚な作品で良かったのだが、ラストはちょっとしっくりこなかった。主人公は最初と最後はイスラエルにいるのだが、おそらくユダヤ人だからだろうか、どのような経緯でその土地にた辿り着いたかが描かれていなかった。鑑賞する人々に想像を委ねるのは映画の醍醐味ともいえる部分であるが、ここはむしろ描いたほうがよかったのではなかろうかと感じた。
本作『ブラックブック』は過去に何度も映画化されたナチス政権下のヨーロッパが舞台で非常にドラマチックに仕上がっているのだが、やはり今日まで語り継がれてきた第二次世界大戦の醜さを描いている。感心に値すべき点だったのが、明らかな悪が存在しないことだった。誰が悪ということを描くよりも、戦争による悲惨な状況下で、それに翻弄される人々の姿が描かれている。こういった雰囲気の作品だと、善悪のはっきりしたものを好むハリウッドでの製作はおそらく不可能だっただろう。この作品を故国オランダで撮ったことは、ハリウッドの第一線で活躍したポール・バーホーベンにとって非常に意味のあったことになったのではないだろうか。
(岡本太陽)