フェアウェル さらば、哀しみのスパイ - 福本次郎

◆疲弊した体制に嫌気がさした政府高官の、祖国を刷新させるために自ら捨て石となって国家を裏切る過程がリアリティたっぷりに描かれる。1980年代の歴史的変革は、こんな地味な人間の行為から生まれたことに驚嘆せざるを得ない。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 キャビネットに収められた書類や机の上に放置されたフォルダから最高機密を盗み出す。そこにはハリウッド作品でおなじみの手に汗握る緊張や大掛かりなアクションはなく、主人公はさりげなさを装って同僚の目をごまかそうとするだけ。物語は、疲弊した体制に嫌気がさした政府高官が、祖国を刷新させるために自ら捨て石となって国家を裏切る過程をリアリティたっぷりに描く。ここで語られるのは安易なヒロイズムなどではなく、息子の世代はもう少しましな世の中になってほしいという願い。1980年代の共産圏の崩壊は、こんな地味な人々の行動から生まれたことに驚嘆する。

 フランス人技術者のピエールは KGBのグリゴリエフ大佐から接触を受け、西側のトップシークレットを手渡される。その正確さに注目したフランス当局はその後もピエールにグリゴリエフとのコンタクト役の任務を与える。そして西側政府に潜入しているソ連のスパイ・X部隊の名簿の存在をにおわせる。

 どこにいても盗聴器が仕掛けられ個人の行動が監視されている窮屈なモスクワでの生活。かつて科学技術でも米国に引けを取らなかったのに、共産主義の足かせが決定的な差を生んでしまった現実。映画は2人の間で行われる文書の受け渡しだけでなく、彼らの家族にまで言及し、世界をよりよくするために働く自覚と、父親としての責任の間で苦悩する姿を追う。ただそのあたり表現法にアクセントが乏しく平板な印象は免れない。

 やがてピエールがもたらした情報はレーガン米大統領の手に渡り対ソ交渉の切り札として使われると、ゴルバチョフ書記長はやむなくペレストロイカに着手する。この2人を演じた俳優が本物にあまり似ていないのはご愛敬だが、大国の指導者であっても彼らの描写に勿体付けずピエールやグリゴリエフ同様に自然体。カメラはあくまで米ソの首脳と現場のスパイたちを等倍でとらえ、歴史を作っているのは結局人間でしかないと訴えている。グリゴリエフは理想に殉じるのだが、彼もまた操り人形に過ぎなかったという衝撃のどんでん返しはあまりにも皮肉が効いていて、これが諜報機関なのかとしばし唖然としてしまった。。。

福本次郎

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