フィリップ、きみを愛してる! - 山口拓朗

◆この映画はスティーヴンの何を描きたかったのか、テーマの焦点が散漫(35点)

 スティーヴン・ラッセル(ジム・キャリー)は、妻や子供に囲まれて幸せな生活を送る警察官。そんな彼にある日転機が訪れた。大きな交通事故に巻き込まれて死の淵をさまよったのだ。ラッセルは自分に正直な人生を歩もうと、妻にゲイであることをカミングアウトした。

 フロリダに単身引っ越したスティーヴンは、IQ169の知能を生かしてさまざまな詐欺を働くも、ついには警察に逮捕されてしまう。ところがスティーヴンは、刑務所内で出会った青い瞳でハンサムな顔立ちのフィリップ・モリス(ユアン・マクレガー)にひと目惚れ。とっさに「ぼくは弁護士なんだ」とウソをつき……。

 史上稀に見る天才的詐欺師フランク・アバネイルの自伝小説を映画化した「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002年)をはじめ、IQが高い人間の犯罪を描いた映画は枚挙にいとまがない。主人公たちは明晰な頭脳を駆使して詐欺や脱獄をくり返し、しばしば凡人たる観客にスリルと驚きを与える。

 IQ169の天才詐欺師スティーヴン・ラッセルをモデルにした本作「フィリップ、きみを愛している」も、そうした天才詐欺師映画の系譜を継ぐ作品のひとつだが、残念なことに、あらゆる詐欺のエピソードが具体的に描かれていないため、主人公の明晰な頭脳が、ドラマを都合よく転がすためのエクスキューズ(弁解)の役割を担わされてしまった。

 そもそもこの映画は、スティーヴンの何を描きたかったのか、テーマの焦点が散漫である。フィリップとの恋愛関係なのか、妻との信頼関係なのか、幼少期の家庭環境に起因するコンプレックスなのか、天才詐欺師としての手腕なのか……。

 そのいずれもが中途半端な描写に終始。冒頭で思わせぶりに描かれる「母親のエピソード」に至っては、その後の展開を肝心なところで放棄する傍若無人ぶり。スティーヴンのような屈折した天才がどのようにして作られたのか、その本性を浮き彫りにする伏線として有効だっただろうに。

 そうした中途半端さが演出に飛び火したわけではないだろうが、シリアスともユーモアともつかぬシーンの連続は、そのまま笑いどころも、泣きどころも分からないまま、観客の気持ちを置いてけぼりにする。ゲイで天才詐欺師という突出した人物を主人公にしながらも、その人間的な魅力がまったく掘り下げられていない。これではスティーヴンの特異な肩書きだけを拝借したお安いドラマと思われても致し方あるまい。

 ラストにはトリッキーなどんでん返しも待ち受けているが、そんなサービス精神旺盛な美談も、そこに至るまでのドラマが上っ面ゆえに、映画のフィクション構造を借りた"お遊び"を見せられているかのようだ。唯一の見どころは、ブッチュ~ブッチュ~と威勢のいい、体を張ったジム・キャリーとユアン・マクレガーのラブシーンということになるだろうか。

山口拓朗

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