ジョージ・クルーニー主演:ミステリー・スリラー(80点)
今年の夏に公開されたクオリティの高いアクション映画『ボーン・アルティメイタム』。その脚本は非の打ち所のない程賢く素晴らしい出来だった。この脚本を担当したトニー・ギルロイはその他の『ボーン』シリーズの脚本も担当しており、全てを大ヒットに導いている。長年脚本家としてのキャリアを積んだ後、彼はある映画を監督した。それを『フィクサー』という。これはまた彼にとっての初監督作品でもある。
この映画『フィクサー』は『トラフィック』『オーシャンズ11』等のスティーヴン・ソダーバーグ、『ザ・ファーム/法律事務所』のシドニー・ポラックをプロデューサーに、『イングリッシュ・ペイシェント』のアンソニー・ミンゲラをエグゼクティブ・プロデューサーとして迎えている。そして先程も紹介した様に脚本監督は『ボーン・アルティメイタム』のトニー・ギルロイ。この映画が面白くないわけがない。
ニューヨークにある大手法律事務所に勤務するマイケル・クレイトンは法律家という肩書きだが、実は犯罪の影の処理人フィクサーである。フィクサーというだけあり、クライアントを犯罪者にさせないため、彼らの犯した罪をなかったことにする、もしくは軽くするという汚い役どころなのである。彼は一刻も早くこの汚い仕事を辞めたいが、彼はプライベートでもうまくいっておらず、人生の袋小路に嵌っている。そんなマイケル・クレイトンはある事件の処理を任されるのだが、この事件がさらに彼を窮地に追い詰めるのであった。一体彼はこの人生の苦境を抜け出す事ができるのであろうか。
この映画の主役のマイケル・クレイトンにはアカデミー賞俳優ジョージ・クルーニーが起用された。離婚、自身のビジネスによる負債、それからその問題の新しい事件、と周囲に翻弄されていく様を素晴らしい演技でストーリーを彩っている。しかしながらわたしの一押しはジョージ・クルーニーではなく、共演者のトム・ウィルキンソン。わたしが愛して止まないトッド・フィールド監督の『イン・ザ・ベッドルーム』でアカデミー主演男優賞にノミネートされたイギリス出身の俳優である。彼は映画の中ではマイケル・クレイトンが任される事件のアーサーというクライアントを演じている。非常に混乱した悲しい男の役だった。とにかくこの『フィクサー』での彼の演技は、演技派が集まって作られた映画であるにも関わらず、他のどの俳優の演技をも凌いでいるのだ。今後賞レースには必ず引っ掛かって来るであろうと予想出来る。その他、この映画にはシドニー・ポラック、ティルダ・スウィントン等が出演している。
まず言っておこう。この映画は極上のミステリー・スリラーである。この映画は、ほとんどNYで撮影されているので、わたしには見慣れた風景が多かった。しかし、マイケル・クレイトンが表の世界と、裏の世界との狭間で生きているせいか、その風景は時折、どこか陰鬱な表情を見せるのだ。常に危険が潜んでいる街の様な。
わたしたちはミステリー・スリラーと聞くと、暴力や血を少なからず想像してしまうかもしれない、しかし『フィクサー』の中では、殺人は確かにあるものの、全くと言って良い程暴力らしき暴力は存在しない。ハラハラする緊張感はあるが、暴力がほぼないせいか基本的に作品の雰囲気は至ってスムーズなのである。トニー・ギルロイについて『ボーン・アルティメイタム』が「動」であるならば、『フィクサー』は「静」かもしれない。
その「静」を象徴しているのが、マイケル・クレイトンがニューヨークの街から離れた何にもない田舎の土地で朝を迎えるシーンだ。彼は呆然と3頭の馬を見て立ち尽くす。嵐の前の静けさ。そしてマイケル・クレイトン自身の今まで眠っていた精神の開眼。
わたしはラストがとても印象に残った。人生において、ある時身動きが取れないくらいの巨大な壁がそびえ立つ時があると思う。その壁の向こうには一体何があるかわたしたちには分からない。しかし進むしかない。その壁を破壊した時の人の表情をマイケル・クレイトンに見ることができるだろう。達成感と空虚感の混じった表情だ。
わたしが上に述べた様に、トム・ウィルキンソンの演技は見応えがある。この映画の観るに値するNo.1がそれだとするならば、No.2はティルダ・スウィントンである。ただそれは、彼女の演技ではない。彼女の腹の肉である。役作りかどうか定かではないが、その腹の肉が気になって仕様がない。今後ティルダ・スウィントンを見たら、彼女の腹の肉を思い出してしまうだろう。これは敢えて最後に言わせてもらう。
(岡本太陽)