◆報道規制と闘い続けるVJ達が伝えたい真実。アカデミー賞最有力作品。(90点)
2007年にミャンマー(旧名称:ビルマ)で大規模な反政府デモが起こった。今年のアカデミー賞ドキュメンタリー映画賞候補5作品に名を連ねる『ビルマVJ 消された革命(原題:BURMA VJ: REPORTING FROM A CLOSED COUNTRY)』はそのデモを記録したデンマーク人・アンダース・オステルガルド監督作品。本作は、多くの国民が団結し政府に抗議の意思を表したにも関わらず、酷い弾圧を受けた大事件を、厳しい報道規制の下、世界に伝え忘れさせまいと勇敢にもビデオを回す手を止めなかったビデオジャーナリスト(VJ)達の願いと血と涙の結晶だ。
ミャンマーではさかのぼること1988年、独自の鎖国的社会主義体制を民主化させようとする動きの中、8月8日にまず学生を中心とした大規模なデモが起こる。この民主化運動はその後、学生以外にも様々な職種の人々が集い、さらに規模が拡大していくが、その事実を受け軍部はSLORC(国家法秩序回復評議会)という軍事独裁政権を誕生させた。そしてこのクーデター以降、軍は武力行使に踏み切り、運動に関わった民衆は弾圧され数千人の命が奪われた。そこに登場するのがあのアウンサンスーチー。彼女はNLD(国民民主連盟)の結党に関わり、全国で演説を行った。そして民主化の波が全国を覆い尽くそうとしたその時、軍部は国民の力を恐れ彼女を自宅軟禁する。
ミャンマーの独裁軍事政権はその後も終わる事なく、国内は不安と恐怖で溢れ、現在も人々は苦しみに喘いでいる。そんな民衆を救う義務感に駆られ、ミャンマーのビデオジャーナリスト達は国の真実の姿を世界中の人々に伝えようと試みるが、路上で抗議活動を行う活動家達同様、治安部隊や暴力組織に弾圧を受ける日々を送っている。
ミャンマーは恐怖に支配された国だ。非道な軍部を恐れ多くの国民は行動を起こす事を拒む。例えば、ビデオジャーナリストにインタビューされても人々は何も答えない。なぜなら、それに答えた事で逮捕されてしまう可能性があるからだ。『ビルマVJ』でナレーターを務めるジョシュアは、それ程過酷な状況にある国をレポートするビデオジャーナリストの1人。彼を中心に本作は展開してゆくが、彼は治安部隊に目を付けられてしまい、渋々タイへと脱出する。そして彼はタイにいる間に、電話やインターネットを通じて仲間とやりとりしながら、新たにミャンマーで起こった大規模な反政府デモの一部始終を知る事となる。
2007 年の大規模な反政府デモの事の発端は政府による燃料価格の引き上げ。実に2年間に9倍も価格が上がり、人々の悲鳴を聞いた僧侶達までもが抗議を始めた。道路を朱色の僧衣が埋め尽くす。普段は政治的な事へは関与しない僧侶たち。しかし、この時ばかりは人々のために立ち上がった。あまりの出来事に民衆は感動し、彼らの後に続く。道に拍手は止まない。ビデオジャーナリスト達も僧侶に守られ、行進しながら堂々と撮影を続ける。奇跡的光景が繰り広げられ、国に希望の光が射す。軍部が強硬手段に出るまでは…。
この反政府デモにおいて、学生や僧侶にも多くの逮捕者が出てしまい、街からは僧侶の姿が消えた。また、デモを取材に来ていた日本人ビデオジャーナリストの長井健司氏も治安部隊による銃弾に倒れた。それらを捉えた痛ましい映像を見せつけらると、軍に操られている兵士達の事を考えずにはいられない。彼らも心を持った人間で、恐怖に駆られるであろうし、民衆に暴行を加えたいとは思わないはず。それでも事態が一向に改善されないのには、兵士達がヤク漬けにされている事以外にも驚くべき理由がある。
現在ミャンマーの軍部には約8万人の少年兵がいる。この数は世界中の少年兵を持つ国の中でも最も多く、そんな少年兵の中には学校への登校中に軍に拉致され、無理矢理入隊させられた者も少なくない。もちろん彼らの親達は我が子をサポートするため、結果的に軍もその親達によってサポートされる。その代わりに、軍隊に入った者達がその中で高い地位を得ると、軍は彼らやその家族を経済的にサポートし、良い教育も与える。海外留学も可能なのだという。よって1度軍に入隊すると、兵士達は待遇の良さに満足し、それを失いたいと思わない。また例え、軍を除隊したくとも、その際には10人代わりを紹介しなくてはならない等、まるで誘拐の様な仕組みになっているのだ。
独裁軍事政権、貧困、2008年に約13.4万人の死者を出したサイクロンによる被害への対応やHIV問題等、現在ミャンマーの抱える問題は数知れず。しかし、過酷な状況の中で生きる人々の苦しみは厳しい報道規制の下には無いも同然。忘れ去られる彼らの心の叫びや、消されてしまう事実を伝えるためにビデオジャーナリスト達は今も命がけの活動を続けている。異なる時間や場所で撮られた彼らのバラバラの映像を高度な技術で編集し、まとめた本作は今までに世界中で数々の賞を受賞し、昨年からアメリカでは特別上映を重ね、今年ついにアカデミー賞ノミネートという快挙を成し遂げた。それを受け、俄然注目度も高まった本作。ビデオカメラの手振れした映像を通し、これからさらに多くの人が閉ざされた国の実態の目撃者となるだろう。
(岡本太陽)