パリ20区、僕たちのクラス - 渡まち子

◆アイデンティティーとは、自分の手で掴み育てて確立するしかないのだ(60点)

 まるでドキュメンタリーのような作品だがれっきとした劇映画で、フランスの“今”を切り取った作品といえる。国語教師のフランソワは、24人の中学生たちに手をやく毎日だ。スラングばかり使う、反抗的な態度をとる、出身国が違うためにケンカが絶えないなど、問題はさまざまだ。そんな中、自己紹介文を書かせる課題が、生徒たちの間で大きな波紋を巻き起こすことに。さらに問題児スレイマンがささいなことから授業中にキレてしまい大問題になる…。

 2010 年W杯南ア大会でのフランス代表のていたらくが記憶に新しいが、そこにはあまりにも出身国が多岐に渡る移民大国・フランス代表チームのアイデンティティーの危うさがあったように思う。この映画の舞台、パリ市内20区にある中学のクラスも、そのまま移民の子弟による複雑な対立が見て取れる。彼らを導く国語教師フランソワは、正しく美しいフランス語を教えることで彼らを導こうとするが、それは「おばあちゃんでも使わない」ような言葉ばかり。これでは10代前半の生徒の興味はおろか、中国やアフリカ出身の生徒たちの理解は得られない。授業はしばしば崩壊するのだが、生徒のわがままな発言から図らずも発展するディスカッションと、自己主張をしないと生きて生けない社会構造のおかげで生徒の本心の一部は垣間見える。目を引くのは受験のための勉強が最優先の日本と違って、たとえ授業を中断しても、安易な和解や他人への迎合を拒否する姿勢だ。それは生徒も教師も同じ。映画はフィクションなのだが、真っ向からぶつかり合う姿はおそらく本物だろう。

 スレイマンの退学問題をさまざまな思いで消化したフランソワのクラスは、一見、何の解決も見ないように見える。だが、怒りや批判、絶望や希望も含めて人生は続いていくということを、生徒も教師も共に学ぶ姿を、映画はいっさいの装飾を省いて描き出した。フランスは、自国の言葉と文化に大きなプライドを持つ国だ。だが、もはや移民の存在なしには国家としての体を成さないのも事実。W杯に関しても、移民抜きの仏代表チームなど、欧州予選突破の可能性すらないだろう。最終的には、アイデンティティーとは、自分の手で掴み育てて確立するしかないのだということを映画を見ながら体感した。第61回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作。国語教師フランソワを、原作者フランソワ・ベゴドーが演じているのも興味深い。

渡まち子

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