パリ20区、僕たちのクラス - 福本次郎

◆もともと個人主義が徹底している上に、多種多様な人種・民族・宗教が混在しているクラス。人は違っていて当たり前という考え方のフランスでは、日本のように“異質なものを排除する”タイプのいじめが存在しないのが新鮮だった。(60点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 14~5歳の少年少女が集う教室、生徒たちは少しだけ世界の広さを知り、それまで絶対的だった大人に疑いを持ち始め、先生や親も実は欠陥を持つ人間であることに気づいている。そして自分のわがままがどこまで許されるのか、自分の声をどう受け止めどんな答えを返してくれるのかを観察して、常に大人を試すような挑発的な態度を取り続ける。映画はあるクラスの9ヶ月間の出来事をカメラに収め、今学校で起きている問題をリアルに再現する。もともと個人主義が徹底している上に、多種多様な人種・民族・宗教が混在している状態。人は違っていて当たり前という考え方のフランスでは、日本のように“異質なものを排除する” タイプのいじめが存在しないのが新鮮だった。

 新学期、国語担当のマラン先生は正しいフランス語を覚えさせようとするが、移民や不法滞在外国人の子供などスラングしか知らない生徒も少なくない。彼らに自己紹介文を書かせて教養を身につける大切さを伝えようとする。

 敵意をむき出しにする一部の生徒たちに、敬意を持てと説くマラン先生。生徒の長所を認め伸ばそうとするいい先生に見えるのだが、女子生徒の一人はわざと彼を怒らせた上に、言葉尻をとらえて上げ足取りをする底意地の悪さをみせる。先生をやりこめるのが権威に対する抵抗と勘違いして安易なヒロイズムに酔っているあたり、こんな生徒はどこの国にもいるものだと妙なところで共感してしまった。

 マラン先生は文法や用例を通じて、「よきフランス人たれ」と教えたかったのだろう。しかし、アフリカ系やアラブ系生徒にそういった自覚はなく、勤勉な中国系生徒は中国人のアイデンティティを捨てていない。フランス人の子供たちにも愛国心は薄い中、唯一、カリブ出身の黒人転校生が「自分はフランス人だ」と胸を張る。サッカーの代表チームに象徴されるように、もはやフランスは白人だけの国ではない。フランスの理想を追い求める意思と誇りがあるものならば誰でもフランス人として歓迎する、そんな時代への変化をこの作品は物語っている。

福本次郎

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