◆ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞の超話題作!(90点)
「アニメ・ドキュメンタリー」という新しいジャンルを定義する映画『戦場でワルツを(原題:WALTZ WITH BASHIR)』はカンヌ映画祭やニューヨーク映画祭で披露され、また第66回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞に輝く等、現在その話題性は急速に世界に広まっている。
イスラエル人映画監督アリ・フォルマンによって監督された『戦場でワルツを』は監督自身のメモワール(回想録)であり、歴史を紐解くドキュメンタリー映画だ。本作はリチャード・リンクレイター作『ウェイキング・ライフ』にも似たビジュアルを呈しており、観るものにアニメと現実の狭間の不思議な、トリップでもしている様な感覚を与える。
1982年、19歳のアリ・フォルマンはイスラエル軍の兵士であった。2006年、彼は古い戦友に1982年のレバノン内戦で経験した事に基づく悪夢を見ると告げられるが、フォルマンは内戦の事を覚えていない。その晩、彼はサブラー・シャティーラーのキャンプ虐殺の晩の光景(記憶)を夢で見る。
フォルマンはその記憶の中で、ベイルートの街の浜辺で、彼は戦友等と裸で水に浸っており、街の空いっぱいに照明弾が放たれているのを眺めている。一体これは何を意味するのか?フォルマンは戦争に関する記憶がない。どうして彼はそんな重要な出来事を忘れてしまったのか?彼は映画の中で戦友等に会い、忘れてしまった記憶を取り戻そうとする。これは真実を知るため、監督自身が人生の欠片をかき集める記録だ。
サブラー・シャティラーのキャンプ虐殺はイスラエル軍監視の下、レバノンのキリスト教の右派であるファランジュ党戦士達が数千人もの非武装のパレスチナ人(女、子供関係なく)の命を奪った出来事で、イスラエル軍がベイルートに侵攻する数日前に暗殺されたバシール・ジェマイエル大統領の復讐が発端となった。
この虐殺がこの物語の中枢にあり、戦争という悲惨な歴史はユーモアを交えながら語られ、わたしたちは主人公である記憶を失った監督と共に衝撃の結末へと導かれる。本作はフォルマン監督の戦友や戦時中にベイルートにいたジャーナリストへのインタビュー等もあり、従来のドキュメンタリー映画の要素ももちろんあるのだが、真実を映すだけでは表現しにくい監督の頭の中を幻想的な映像として見せる事で、映画はより意味深なものとなり、その映像から監督の精神状態を読み解く事が出来る。
アリ・フォルマン氏は戦争という強烈な記憶を無意識に自分でブロックしたせいで、その詳細を思い出せない。この映画はフォルマン氏の過去を探る旅。よってこの作品は彼の冒険映画とも言えるだろう。しかし、その冒険の先には19歳では受け止める事の出来なかった、彼自身が残忍な言動に対し傍観者になるしかなかったという事実が待っていた。真実は1つ。しかし、本作の鍵は19歳の頃に見たそれと、24年後のそれとでは随分とフォルマンし自身の見方が変わっているという事だ。
これは監督にとって事実を知ると同時に、彼自身の心を癒すドキュメンタリー映画でもあり、"記憶を取り戻す事=自分自身を許す"、がフォルマン氏にとって一種のセラピーになっているのだ。今真実を知るという事は自分自身を許す以外、フォルマン監督にとって何を意味するのか。それはわたしたちには分からないが、イスラエル軍がガザに侵攻し虐殺を繰り返している今、この映画は何らかの意味を持つのかもしれない。
(岡本太陽)