ハート・ロッカー - 山口拓朗

◆手持ちカメラによるリアルでダイナミズムあふれる映像表現と、兵士の心情を掘り下げた繊細な人間ドラマの両面から高い満足感を与えてくれる(85点)

 女性監督キャスリン・ビグローが、ジャーナリスト兼脚本家のマーク・ボールの取材をもとに製作した「ハート・ロッカー」。ご存じの通り、第82回アカデミー賞の作品賞や監督賞など6冠に輝いた話題作だ。

 2004年の夏、イラクに駐屯する米陸軍ブラボー中隊に、ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)という新たなリーダーが赴任してきた。彼らの任務は爆発物処理。ジェームズはサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)とチームを組んで動くが、チームワークを重視するサンボーンとエルドリッジに対して、ジェームズはセオリー無視のスタンドプレーを連発する。次々と難局を乗り切っていく3人だったが……。

 時限爆弾の導線を残り3秒で切るのは、刑事ドラマ常套のクライマックスだが、戦地を舞台にした本作「ハート・ロッカー」は、そんなクライマックスが2時間以上も続く異色のアクション&サスペンスだ。

 「告発のとき」(2007年)、「キングダム/見えざる敵」(2008年)、「グリーン・ゾーン」(2010年)などの作品が示すように、戦争をモチーフにした映画の舞台は、第二次世界大戦でもベトナム戦争でもなく、いよいよ「9.11」後の対テロ戦争に移ってきたが、対テロ戦争の特殊さと異様さに本気で踏み込んだ作品は、この「ハート・ロッカー」が初めてだろう。

 バグダッド制圧後も断続的に戦闘は続き、米軍の死傷者は後を絶たなかった(※)。これはメディアでもくり返し報道されてきたことだ。地雷、自爆テロ、拉致、奇襲攻撃……。米軍が顔の見えない敵をどれほど脅威に感じていたかは想像に難くない。戦場は一般市民が生活を送る町のなか。つまり、誰が市民で誰が敵兵かも分からない状況で任務を強いられてきたわけだ。極度の緊張に支配された米軍兵士のストレスの大きさは、ここにきて深刻化している「アフガン・イラク帰還兵の自殺問題」が証明するところだ。

 「ハート・ロッカー」が国内外で高い評価を受けた理由のひとつには、爆弾処理班という特殊な存在に目を付けたうえに、死と隣り合わせの彼らの任務を仔細に描き、なおかつ彼らの“ただならぬ心情”に迫った点にある。

 特筆すべきは、怖い者知らずなジェームズ二等軍曹の一挙一動だ。彼は、怯えるどころか、むしろそのスリルを楽しむかのように、次々とリスキーな爆弾処理に挑み続ける。その不可解な心理の裏付けが、映画冒頭でスクリーンに記される「戦争の高揚感は、ときに激しい中毒になる」の一文にあると知ったとき、観客はこの作品の重たいメッセージを受け取ることになる。兵士の「心」に軸足を置いたこの角度からの反戦メッセージというのは新鮮だ。

 「戦争中毒症」ともいうべき症状を抱えるジェームズ二等軍曹が、現地で知り合った子供との交流を通じて無意識に人間性をよみがえらせるくだりでは、理屈では語れない人間の複雑な心理が表現される。自分の死に対する「鈍感さ」と本名さえ知らぬ子供の死に対する「敏感さ」。この対照的な心理を分析することは、本作を深く読み解くうえでは必須かもしれない。

 同様に、それまでスタンドプレーに徹してきたジェームズ二等軍曹が、チームリーダとして気遣いを見せた砂漠での戦闘シーンや、終盤でおもむろに映し出されるある店での買い物シーンも、彼個人の本質や心理状態に迫るうえで無視できない。とくに後者は本作きっての名シーンである。

 米兵同様にストレスを強いられたであろうイラク市民の感情がないがしろにされている観はあるものの、手持ちカメラによるリアルでダイナミズムあふれる映像表現と、兵士の心情を掘り下げた繊細な人間ドラマの両面から、高い満足感を与えてくれる作品には違いない。

 冷静とも狂気ともつかぬジェームズ二等軍曹役に、さして知名度の高くないジェレミー・レナーを抜擢した点も、この映画にとって大きな戦果だったといえよう。これを誰もが知るスターが演じていたとしたら、ここまで物語のリアリティを高めることはできなかったはずだ。

 ※アメリカ合衆国軍の戦死者数の推移

 2003年:486名 2004年:849名 2005年:846名 2006年:822名 2007年:902名

山口拓朗

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