ハリー・ポッターと謎のプリンス - 町田敦夫

◆恋愛フィーバーと闇の勢力、ホグワーツに2つの嵐が吹き荒れる(60点)

 ご存じ、児童文学の大ベストセラーを原作とするシリーズの第6弾。ダニエル・ラドクリフ(ハリー)、ルパート・グリント(ロン)、エマ・ワトソン(ハーマイオニー)、マイケル・ガンボン(ダンブルドア校長)といった主要キャストが全員続投し、手堅く物語の「続き」を楽しませてくれる。魔法を表現するCGはますます進化、おなじみのクィディッチのシーンも躍動感いっぱいだ。

 闇の帝王ヴォルデモートがますますその支配力を強める今作、ホグワーツ魔法学校はついにその配下の侵入を許すことになる。ヘレナ・ボナム=カーターが演じるべラトリックス・レストレンジのキレ方は前作を凌駕。ハリーの味方なのか敵なのかが判然としなかったスネイプ先生(アラン・リックマン)が、キャラクターとして大きな変異を遂げるのも見どころだ。新キャラとして登場するスラグホーン先生(ジム・ブロードベント)は、ヴォルデモートの少年時代のエピソードを明かす。

 ハリーがダンブルドア校長の導きで最終決戦に向けた準備を重ねる一方、ホグワーツには恋愛ムードが花開く。ハリー、ロン、ハーマイオニーのそれぞれが積極派に言い寄られたり、本命への恋心を隠したりする顛末は、まるでシェークスピア喜劇さながらに祝祭的で、にぎやかだ。前作でチョウ・チャンとファーストキスを交わしたハリーは、今度はロンの妹のジニーと急接近。つかず離れずだったロンとハーマイオニーが、最後にくっつくのか離れるのかも注目される。

 ……と、まあ、なかなか楽しい作品に仕上がってはいるのだが、観ているとどこか消化不良の感を否めない。おそらくその原因のひとつは、原作小説との関係性の取り方にあるのではないかと思う。長編小説を映画化する場合、どうしたってすべての要素を2時間前後の尺に取り込むことはできないから、一部のエピソードや登場人物を割愛することになる。映画作家はその場合、割愛した要素など初めからなかったような顔をして、映画の中だけで整合性を取り、完結させるのが通例だ。

 ところが本作の作り手は(このシリーズは全般にそうだけど)そういうアプローチを取らないんですね。割愛した要素のあることを隠そうとせず、そのために原作を読んでいない観客には不親切極まりないシーンが頻出する。「この登場人物はいったい何をしているの?」「このシーンはどういう意味を持っているの?」といった疑問が絶えず浮かんでくるのだが、それらは最後まで解決されることはない。こうした「詳しくは原作を読んでね」と言わんばかりの映画を作ることは、映画作家として果たして正しい選択なのか? 映画作家なら原作ではなく、観客の方に忠実であってほしいものだが……。

町田敦夫

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