ハリウッドと日本の映画作りにおける違いに興味がある人にとって、『ハリウッド監督学入門』はとても楽しいドキュメンタリーとなるだろう。
本作の監督で、ハリウッドの業界関係者たちに自らインタビューするのは『リング』(1998)などでJホラーブームを巻き起こした中田秀夫。『ザ・リング2』(2005)でハリウッドデビューをはたした彼は、米国での企画進行のあまりの遅さに「なぜ? なぜ? なぜ?」が頭に渦巻き、本作の製作を思い立ったという。
そんなこともあり、このドキュメンタリーは日米映画界の違いを、3つのキーワードで浮き彫りにする。
一つ目は中田監督の疑問の解答である「グリーンライト」。ひらたくいえば、企画にゴーサインがでることだが、そこに至るまでの複雑怪奇なシステムを、プロデューサーらのインタビューで明らかにする。
関連書物を読み込んでいる人にすれば、それほど新味のある話ではないかもしれないが、現役のスタッフが語る姿はさすがに迫力がある。そしてこのキーワードを知るだけでも、これまでハリウッド映画に抱いていた疑問のいくつかが氷解するかもしれない。
たとえば、私もしょっちゅう言っている「ハリウッドの娯楽大作が、最新の政治情勢に合わせたかのような内容」でタイミングよく公開される理由や、「政治や軍事のインサイダー発かと思うような先見的な内容」が含まれるように見える件についても、その理由がわかる。ひとつの企画がどれほどの長期間、業界内で寝かされているか、最終的な許可を出すのがどこの誰で、何人くらいで決めているのかについて、ぜひ注目してみて欲しい。
残りのキーワードは「カバレッジ」と「テスト試写」。前者は、複数台のカメラ、アングルで同時に撮影し、最善のものを採用するハリウッド独自の撮影技法。コンテで厳密にスケジュールを立て、無駄なく撮るタイプだった中田監督にとっては、どうにも解せない部分だったらしい。
これについて、『ザ・リング2』の撮影監督ガブリエル・ベリスタインは、「これこそが、賢いやり方なんだよ」と中田監督をたしなめる。賢いというより、たんなる力技じゃねーかと突っ込みたくなるところだ。ビデオ撮りなどない時代、フィルムもカメラも高価だったころは、そんなカネのかかるやり方は、ハリウッドでしかできなかっただろう。
「テスト試写」についてはご存知の方も多かろうが、完成前にマーケティングのための試写を行い、その反応によって結末を変更したりするアレだ。客を喜ばせるためなら、パトラッシュを生き返らせる事だってやりかねない。ルーベンスもびっくりである。
こうしたキーワードごとに、興味深い裏話がたくさん聞ける。73分間、映画業界にどっぷりつかりたい方は、きっと見て損なしの一本。
中田監督の妙にアメリカンな風貌や、全編通してのぼやき節も、なんだか親しみがわく。納得のいかない実体験を延々と相手に話したりしているが、インタビューにいった先で愚痴をこぼしてどうすんだと、思わず笑いがこみあがる。このへんの間合いが、じつにいい味なのである。
ハリウッドでは、たくさんの事を学んだと謙虚にかたる中田監督。その経験と溢れる才能を生かし、きっとこれからも面白い作品を作ってくれるだろう。
(映画ジャッジ)