ハプニング - 町田敦夫

◆低予算ながらもよくできたスリラー(65点)

 永井豪が70年代に発表した漫画「ススムちゃん大ショック」は、突如子育ての本能を失った大人たちが、次々と我が子を殺し始めるという不気味な物語だった。当時小学生だった筆者は、しばらく親に背中を向けられなかったのを覚えている。

 M・ナイト・シャマラン の新作『ハプニング』は、子育て本能ではなく、自己保存本能の喪失に見舞われた世界の物語だ。人々は何の前触れもなく高所から飛びおりたり、とがった髪留めで首を突いたりして、自ら命を絶ち始める。

 変調を来した通行人がいきなり後ろ歩きを始めるシーンには思わず失笑したが、主人公夫妻(マーク・ウォールバーグとズーイー・デシャネル)があてのない逃走を始めてからの緊迫感はなかなかのもの。袖すり合う者たちは誰もが一癖ありげで、しかも信頼できるかと思えばすぐにストーリーから消えていく。2?3の猟奇的なシーンを入れることで、何でもない野原や森までいかにも怪しげに見せるあたりは、シャマランの“演出”の巧みさだ。

 どこに逃げれば安全なのかもわからないまま闇雲に脱出を図る避難民の姿に、9.11テロ直後のニューヨーク市民をダブらせた観客も多いだろう。

 見えない脅威の正体については、テロだ、植物からの攻撃だ、脳内物質の異常だと様々な可能性が提示されるが、その真相は最後まで明かされることはなく、客席の我々も不安の中で90分間を過ごす。

 どの説もどこかで聞きかじったような内容だけに、トリビアな無駄知識をいろいろと持っている人間ほど、シャマランが確かなことを何も言っていないのに、勝手に深読みして怖がる仕組み。『ハプニング』はシンプルながらもよくできたスリラーである。

町田敦夫

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