ベルリンで銀熊賞を受賞した巨匠マイク・リー監督最新作!(80点)
『ハッピー・ゴー・ラッキー(HAPPY-GO-LUCKY)』の主人公ポピーはまるで砂漠にあるオアシスの様に希望をもたらしてくれる。彼女の放つ陽のエネルギーが人を引きつけ、そして安心感を与えるのだ。巨匠マイク・リーの新作はまさにタイトル通りのポピーというヒロインを通して、苛立ち、怒り、鬱の蔓延するこの世の中に反不幸主義を提示する。
幼稚園の先生として働く30歳独身・彼氏無しのポピーはいつも明るく元気。ロンドンで親友とアパートをシェアして、友人たちとふざけ合い気ままに暮らす彼女だが、彼女も実は必至に世の中を生き抜いている女性。『ハッピー・ゴー・ラッキー』はポピーという笑って、踊って、常に前向きな彼女の日常を描く。
ポピーを演じるのは『人生は、時々晴れ』と『ヴェラ・ドレイク』でマイク・リー作品に参加しているサリー・ホーキンス。彼女はこの役で、本年度のベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞している。エディ・マーサン扮するいつも怒っている車の運転の教官や突然暗い閑散とした場所でホームレスの男に会っても笑っている姿が印象的で、苛立たしい程脳天気で好奇心旺盛なのが彼女の魅力だ。
マイク・リー作品では『ヴェラ・ドレイク』で素晴らしい演技を披露したエディ・マーサンは現在飛ぶ鳥を落とす勢いで脇役俳優としての地位を築いている。『V フォー・ヴェンデッタ』や『幻影師アイゼンハイム』等にも出演している彼だが、今回の運転教官スコット程強烈な役を演じた事があっただろうか。スコットには明るさを振りまくポピーがふざけている様に見えてしまうので、彼女に吠えまくる。しかもスコットはポピーに恋心を抱いており、運転は出来るが、次第に心のコントロールは出来なくなる。スコットにとって実はポピーという存在はあまりにも寛大で、彼は彼女の前では抵抗が出来ないのだ。その小さな恐怖心が彼を吠えさせるのだろう。この小型犬の様な馬鹿馬鹿しい怒りん坊の事をわたしたちは気に入ってしまうに違いない。
マイク・リーの代表作である『ネイキッド』や『秘密と嘘』等は独特のシュールな笑いに満ちている。ストーリーが可笑しいというよりは、それに登場する人物たちが特徴的で、人間臭いのだ。前作『ヴェラ・ドレイク』でも違法中絶というテーマを扱いながらもイメルダ・スタウントン扮する主人公の女性をコミカルにそして人間らしく描いている。今回の『ハッピー・ゴー・ラッキー』は他のマイク・リー作品に比べるとポピーという登場人物の存在がコメディ色を引き立たせるが、この映画は1人の女性の日常を描くドラマ。マイク・リーの演出法である、濃密なリハーサルとサリー・ホーキンスのアドリブがポピーという説得力あるキャラクターを生み出した。
ポピーは何も特別な女性ではない。時に頭にきたり、悲しかったり、孤独だったりもするのだ。しかし彼女の強みは物事を受け入れる事。何か気に入らない事が起こって、それから遠ざかろうとしてもそれは付きまとって来る。ポピーは幸福は受け入れた時に訪れるという事を自然と理解しているのだろうか、彼女は全てを受け入れ、それをプラスの力に変える。それを象徴しているのが、物語の冒頭シーン。彼女は気持ち良さそうに自転車をこいである本屋に行く。その本屋の外に彼女は自転車を停めるのだが、本屋から出て来るとそれがない。しかしポピーは怒るわけでも悲しみに暮れるわけでもなく、彼女は残念そうにこう言う、「まださよならを言っていなかったのに」と。ポピーは受け入れる事を知っているのだ。
(岡本太陽)