◆圧倒的な情報不足を不親切と見るか、想像力を刺激する演出スタイルと見るかで評価が分かれそう(55点)
殺し屋とその標的の許されない恋というと過激で情熱的に思えるが、この物語はどこかポエティックで不思議なムードが漂っている。築地の魚市場で働きながら、凄腕の殺し屋として闇の仕事を請け負う女・リュウ。ある時、新しい仕事が入り、抹殺するターゲットでスペイン人のダビが営むワイン店を訪れる。誰とも打ち解けず生きる孤独な女と、愛する妻を自殺によって亡くしたばかりの男は、出会った瞬間に恋に落ちる…。
夜明け前の魚市場、街の雑踏、瀟洒なワイン店、怪しげなラブホテル。異邦人の目で見た東京は、迷宮のようなトーキョーなのだろうか。スペイン出身の女性監督イザベラ・コイシェは、「死ぬまでにしたい10のこと」や「エレジー」などの作品で、どうしようもないほど孤独な人間が、ゆっくりと心を開いていく様子を、決してベタつかず、それでいてメランコリックな、独自の筆致で描いてきた。本作では、殺し屋という非日常的な職業のヒロイン・リュウの背景をほとんど説明しない。不眠症でイチゴ大福が好き。たまに誰だか分からない人間の墓参りをする。唯一の話相手である年老いた録音技師が彼女について知っているのはそれだけで、観客に与えられる情報もほとんど同じだ。この録音技師がリュウの存在を確かに認識する証明が、劇中に出てくるさまざまな音である。活気にあふれたラーメン屋で麺をすする音や市場で水を流す音、街のざわめきなど、周囲の音が際立つほどヒロインの孤独が立ち上ってくる。殺し屋を演じる菊地凛子は、ほとんど表情を変えずに演じるが、ダビとの逢瀬で愛に目覚めていく様子を、抑えた演技で表現していて、クールだ。リュウが最後に下したある決断と、それを胸に抱いて日本を離れるダビ。誰かに語られることを嫌う、愛の物語は、濃密な思い出と共に封印されたのだろう。圧倒的な情報不足を不親切と見るか、想像力を刺激する演出スタイルと見るかで評価が分かれそうだが、私にはこの寡黙でミステリアスなラブ・ストーリーの語り口は心地よいものだった。外国人が日本を語るときはどうしても類型化されるが、イザベラ・コイシェは感覚的に現代の日本をつかんでいて、そのセンスがなかなか面白い。
(渡まち子)