おバカ映画に大金を投じるハリウッドの心意気が映画のレベルを上げる。カメオ出演が豪華。(75点)
3人のクセ者俳優が戦争映画で共演。製作者は彼らを東南アジアに連れて行く。だが、予算オーバーをカバーするために放り込まれたそのロケ地は本物の戦闘地帯だった。あくまでゲリラ撮影と思い込み、熱演する彼らだったが…。
日本とアメリカではコメディーに対する温度差がある。何より、米国にはコメディーへのリスペクトがある。結果としてバカをやっていても計算されたギャグが仕込まれていて、作る方は真剣そのものだ。戦争大作にしてナイスなパロディ映画の本作は、映画に殉じる覚悟で作った本気度満載のおバカ映画だ。
何しろキャラが抜群に立っている。落ち目のアクションスター、シモネタ専門のコメディアン、オスカー俳優で自己喪失気味の役者バカ。3人とも実際のハリウッドにいそうなタイプで思わずニヤリとしてしまう。さらにリアリティーを追求するべく、俳優たちを本物の戦場に放り込むというムチャクチャも、これまたハリウッドならありかも…と思わせる。ケチな小道具を手にした3人はどこまでも映画の撮影と思い込むが、何かがヘン…と感じても役者のプライドが邪魔してお互いに言い出せない。果たして映画は完成するのか?いや、そもそも彼らは生きて帰れるのか?
パロディのベースはコッポラの怪作「地獄の黙示録」だ。こう見えても私は、この作品に関してはウルさいのだが、このパロディは本当に上手い。特に感心したのは照明だ。ベン・スティラーが顔の半分を光に当てながら暗闇から現れるが、これは、わがまま俳優マーロン・ブランドが、撮影当時太りすぎていたのをごまかすため、カメラマンが考えた苦肉の策。おかげでむやみに神秘的なムードが出てしまい、ただでさえ難解な映画がますますワケが分からなくなったと言われている。修羅場だったことで有名な「地獄の黙示録」の製作現場をしのぐサバイバルが展開するのが「トロピック・サンダー」なのだ。
その他にも「プラトーン」や「ディア・ハンター」などの名場面が続々と登場し、映画好きにはたまらない。元ネタを知っていれば数倍楽しめるし、知らなくても、映画製作の無軌道ぶりを痛烈に批判する業界内幕ものとして十分に堪能できる。さらに堂々のPG-12指定だけあって、内容もエッジが効いて小気味良い。流血に生首、差別スレスレの演出や汚い言葉もてんこもり。フェイクとはいえ、やりたい放題で、ブラックな笑いが炸裂だ。
こんなバカバカしくも愉快な企画を立ちあげてバッチリものにしてしまうのは、コメディーのツボを知り尽くしたベン・スティラーだからこそ。原案・共同脚本・製作・監督・主演の5役を兼ねた彼の人脈と才覚で、多くのスターが、脇役やカメオ出演で集まった。特に、ハゲでメタボで下品なプロデューサー役を嬉々として演じる大スター、確か「オースティン・パワーズ ゴールドメンバー」でもハジケてくれていたっけ。実はおちゃめな人のようである。映画作りはジャングルも顔負けの無法地帯。それでこそ狂乱のハリウッドだ。映画愛と悪ノリを同居させ、自分がいる業界を笑いたおす。桁違いの予算は無理でも、このコメディーの土壌は、日本でも育てるべきではなかろうか。
(渡まち子)