トランシルヴァニア - 福本次郎

◆喜び、怒り、悲しみを情熱的なリズムで表現するジプシーたち。感情をかきむしる旋律が女の気持ちを代弁する。それは愛を求めて東欧の果てまでやってきた彼女が体験する喪失の物語にふさわしいが、突然の転調に映画は乱れる。(30点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 喜び、怒り、悲しみを情熱的なリズムと激しいステップで表現するジプシーたち。それは愛を求めて東欧の果てまでやってきた女が体験する喪失と再生の物語にふさわしい。愛する男に拒絶された彼女はもはや正気ではいられず、あてどない旅に出る。感情をかきむしる一方でやさしく癒すような旋律が彼女の気持ちを代弁する。しかし、絶望の余りほとんど言葉を発することがなくなった女はやがて出会った男に主人公の座を譲り、突然の転調に映画の調和は乱れてしまう。喜び、怒り、悲しみを情熱的なリズムと激しいステップで表現するジプシーたち。それは愛を求めて東欧の果てまでやってきた女が体験する喪失と再生の物語にふさわしい。愛する男に拒絶された彼女はもはや正気ではいられず、あてどない旅に出る。感情をかきむしる一方でやさしく癒すような旋律が彼女の気持ちを代弁する。しかし、絶望の余りほとんど言葉を発することがなくなった女はやがて出会った男に主人公の座を譲り、突然の転調に映画の調和は乱れてしまう。

 急に消えてしまった恋人を探してトランシルヴァニアまでやってきたジンガリナは、彼の子を身ごもっているにもかかわらずあっさり捨てられる。絶望している中、仲買人のチャンガロに拾われ、彼の車に同乗する。

 心を閉ざしてしまったジンガリナの代わりにチャンガロがいつの間にか映画の語り部となっている。この男の目的はなんなのだろう。老人たちから貴金属を買い、転売する。セックスをする以外、がめつい商人であるチャンガロにとってジンガリナはお荷物以外の何物でもないはず。彼女を愛しているわけでも人恋しいわけでもない。しかも妊娠しておなかがふくらんできているのだ。さらに正気を取り戻させるために悪魔祓いまで受けさせる。チャンガロの意図がはっきりせず、映画自体もどこに行くのか分からなくなってしまう。

 やがてジンガリナは出産する。そこでもチャンガロはジンガリナを捨てるように黙って去っていくのに、なぜかバーで見つけた熊のオモチャを見つけると、それを買ってジンガリナの元に戻る。そこに彼女はおらず、今度はチャンガロがジンガリナを探す。やっと見つけたジンガリナは赤ちゃんを抱いて幸せそうに寝ている。ふたりとも自分の気持ちは口にしないため想像するしかないのだが、彼らの考え方が理解できないため、何が言いたいのかよく分からない。一所にとどまらず不安定な旅を続けるような人々の考えは理解しようとしても無理だということを言いたかったのだろうか。。。

福本次郎

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