◆荻上直子が一皮むけた(70点)
乳児を何週間も放置する親がいるかと思えば、親の遺体をミイラ化させる子がいたりと、何だか最近、家族がおかしい。そんな中で公開される荻上直子監督の3年ぶりの新作は、切っても切れない家族のつながりを、独特のセンス・オブ・ユーモアでくるんだ良作だ。
人とかかわるのが嫌いなプラモデル・オタクのレイは、母親の死をきっかけに実家に戻り、引きこもったピアニストの兄モーリー、勝ち気な大学生の妹リサ、そして日本から移り住んだばかりで英語の話せない“ばーちゃん”(もたいまさこ)と同居する。母親が生前に呼びよせたばーちゃんが本当に血縁なのかと疑うレイだったが、ばーちゃんがトイレから出るたびに深いため息をつくのも気になって……。
全編海外ロケはすでに『かもめ食堂』で経験済みの荻上だが、この最新作は舞台が外国であるばかりか、キャストの大半がカナダ人、セリフは全編英語という意欲作。とはいえ特別に奇をてらった印象はなく、家族の日常の物語として普通に面白くできている。書きたい物語を書いたら、たまたま登場人物が外国人でしたという感覚か。もたいまさこが出ていなければ、日本人の監督・脚本で作られたことさえつい忘れてしまいそうだ。
そのもたいは本作でも存在感抜群。「言葉を越えたコミュニケーション」なんてきれいごとには目もくれず、レイや私たちをひたすらディスコミュニケーションの奈落に突き落とす。それぞれに変人だが、善良でもある3人の兄妹の人物造形も好感度大。そんな4人を自在に動かし、荻上は血のつながりの温かさを、さらには血縁を超越した家族の情を描いてみせた。若い兄妹のささやかな成長と、避けがたい世代の交代を、時にひょうひょうと、時にしんみりと綴った語り口が心地いい。
個性的な作風を高く評価される一方で、荻上は物足りなさも感じさせる映画作家だった。『バーバー吉野』では物語の根幹たる不思議な髪型の由来を説明せず、『かもめ食堂』や『めがね』では曰くありげなキャラクターを登場させておきながら、その曰くを掘り下げない。映画ライターは(基本的には)映画をほめるのが商売だから「観客の想像にゆだねるところがいい」なんてウソも書くけれど、誰もが内心ではこう思っていた。荻上直子に「過去」を創造する力があったなら、どれほど作品に深みが増すだろうかと。しかし、しょせんは無い物ねだりとあきらめていた。
だがこの最新作で、荻上はスルリとその関門を越えている。それも本筋から切りはなされた単なる「こぼれ話」としての過去ではなく、現在につながる過去を正攻法で創っている。クリエイターとして一皮むけた荻上の、次作が早くも待ち遠しい。
(町田敦夫)