テンペスト - 青森 学

列強のなかでしたたかに立ち回る琉球と、性を偽り宦官となった少女の忍ぶ恋が共鳴し合ってドラマを生んでいる。(点数 75点)


(C)2011「劇場版テンペスト3D」製作委員会

検索エンジンで”仲間由紀恵 沖縄独立”で検索してみると数十万という単位の数でリンクがヒットするので見てもらえると良いだろう。今となってはソースが削除されているのかリンク切れで見れないのだが、仲間由紀恵氏の沖縄独立発言はネットの中ではまことしやかに囁かれている。

そんな彼女が演ずる真鶴が宦官と偽り琉球王国のために八面六臂の活躍をする本作は彼女のために作られたと言っても過言ではないくらい彼女の志向と作品のテーマが符合している。

ネットではフリーチベットを唱える人の書き込みをよく見掛けるが、チベットの分離独立を支持する人は沖縄県の独立に対しても同様の意見を表明すると思う。そうでなければ道理が通らない。ウイグル地区での漢民族による民族浄化を非難するならば、明治政府がアイヌの民にした融和政策についても同じ思考で批判しなくてはならない。民族浄化と民族融和政策は視点を変えただけで本質は同じ根から生まれたものなのだ。我々はある事象に対して批判を加えることは可能だが、その剣は両刃になっていて矛先は自分にも向けられるのである。この世のあらゆる不誠実不正義は絶対的な他者で語られることはなく連続した自分の分身と看做すほうがより真実に近づける。

沖縄県が東シナ海と太平洋に挟まれて地政学的に非常に重要な位置に存在することが分かるのだけれど、この沖縄の地理的特性の上に繰り広げられる物語に、真鶴が性を偽り宦官となって家名を背負い立身出世を志し清国の使者やペリー提督と外交でしのぎを削るのと、”琉球”という列強の狭間でしたたかに立ち回る生き方が重なるのである。真鶴の生き方そのものが琉球の運命を象徴しているのだ。映画の中でも宦官として生きる真鶴について清国の使者である徐丁垓にもそう言わしめている。

池上永一の小説全般にいえることなのだけれど、ストーリーが収斂されることなくどんどん新しいエピソードが追加されて拡散されていくのは映画になってもその印象は変わらなかった。ラストは無理矢理予定調和っぽくして締めくくられているけれど、収拾のつかない終わり方は虚構の宮廷物語に真実の歴史が地続きで繋がっているようでリアリティはあったのだが。

この映画は3Dで観れるのだけれど、CGの龍が天を駆け巡るシーンぐらいでしか立体映像をリアルに感じることが出来なかった。薩摩藩、清国、アメリカという列強の中にあって国政の舵を取る宮廷の苦悩はよく描かれているのだけれど、あまり3Dと関係が無いように思うし、活かす場もそんなに無いのではないかと思うので2D版も同時上映して貰えると大変ありがたい。

青森 学

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