テッド - 青森 学

オヤジくさいテディベアだが、ぎりぎりのところで嫌みならないくらいの絶妙なさじ加減のキャラがgood(点数 83点)


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悪友がクマのぬいぐるみというだけで、友情と恋のどちらを取るのかという普遍的なストーリーは変わらない。
シェイクスピアの作品では家名と引き換えに、または復讐のために、その恋が神の供物として捧げられる。
この作品もまたクマのぬいぐるみと手が切れない男が恋人に愛想を尽かされるという物語は前述した普遍的な物語を現代風にアレンジメントしたものだ。

恋はさまざまな試練を与えられる。
それがぬいぐるみとの友情とバーターなのが面白い。
友人のいない少年が喋るぬいぐるみという唯一無二の親友を得た“Happily ever after”のその後を描くことで、従来のおとぎ話に対するアンチテーゼになるのである。これは一種の思考実験でもあるのだ。
下ネタを開陳しつつも次第にストーリーは友情と恋愛のトレードオフに力点がシフトする。
ハリウッド文化をネタにした笑いも随所に含まれており、『トップガン』のトム・スリケットや80年代にQueenが主題歌を歌ってヒットした同名のSFテレビドラマ『フラッシュ・ゴードン』なんかも登場して作品に華を持たせている。
ノラ・ジョーンズも実名で登場し、テッドとただならぬ仲であったと窺わせるシーンがある。

返すがえすも、アメリカというお国柄なのか、可愛いものを可愛いままにはしておけない。
アメリカではその筋では結構有名なアニメである『シンプソンズ』や『サウスパーク』もひょうきんな絵柄のキャラクターに眉をひそめたくなるほどの辛辣なセリフを吐かせたり、古くは『チャイルド・プレイ』では愛らしい人形であるはずのチャッキーが身も凍る殺人鬼になったりとアメリカ人は可愛いものに対して無批判にそれを受け入れることが出来ない。
外見と中身は別と考える見上げた人間観はここ近年のアメリカ人の伝統といえるのかもしれない。
ジョン・トラボルタが赤ちゃんの声を担当した『ベイビー・トーク』もこの映画と同じアイディアで作られているようだし、アメリカ人は本当にこの手合いの映画が好きである。
日本も江戸時代のからくりで童子の顔が般若に一変する工芸品があったのだが、日本人も古来はそういう遊び心を持っていたようである。
最近はアメリカの文化を経由してそのマインデッドを取り戻しているけれど、永きのあいだ、日本人はその心を忘れていたように感じる。だが、日本人も最近になってからはこの映画を楽しめる余裕を取り戻しているはずだ。ステレオタイプを覆す発想は経済的余裕から生まれるだけでなく、敗北の挫折感から解放されても得られるように思う。
たぶんこういう映画に生理的な嫌悪を感じないのは戦争のトラウマからも解放された世代だったりするのだろう。

青森 学

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