今まで見た記憶がない、ため息が漏れる圧倒的な映像体験だった。 (点数 90点)
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われわれは生きているのではない、生かされているのだ。両親の愛を
一身に浴び、慈しみ育てられた幼年期、社会で勝ち残るための気構え
を叩き込まれた少年期、それらの思い出は感謝に満たされてもう若く
ない男の胸によみがえる。だが、映画は人間の小さな営みだけでなく、
“神”からもたらされた現象の数々がさまざまな歴史を経てひとりの
男に収束される過程で、壮大で豊饒なイマジネーションの大いなる命
の賛歌に昇華されていく。
【ネタバレ注意】
1950年代の米国、地方の中流家庭に生まれたジャック。優しかった母、
厳格だった父、ふたりの弟と遊んだ日々は幸せだった。数十年後、ビ
ジネスマンとなったジャックの脳裏に幼少時代が浮かんでは消える。
世俗に染まるか神の恩寵を受けるか、ジャックの母は自らに問い、前
者の典型である夫と暮らしながらも後者の生き方を選ぶ。彼女は魂の
安らぎを得ようと全身で家族を大切にするが、夫は妻子を支配しよう
とするばかり。母はそれも神の意志と疑わず、どんな運命も甘んじて
受け入れる。そんな父母をジャックは瞳に刻み込み、人生は思い通り
にならないものだと教えられていく。
カメラは彼らの姿を散文的にスケッチしていくが、隅々にまで精密な
美しさと静謐な躍動感が行きとどいたしっとりとした映像は、ストー
リーを頭で理解するのではなく、心で感じ取ることを観客に要求する。
今まで見た記憶がない、ため息が漏れる圧倒的な映像体験だった。
(福本次郎)