ツリー・オブ・ライフ - 青森 学

人知を超えた存在に対する根源的な畏れがスクリーンから溢れる作品(点数 65点)


(C)2010. Cottonwood Pictures, LLC. All rights reserved.

最初に断っておかなくてはならないのだが、この映画は普段観ている娯楽映画を観る感覚で劇場に足を運ぶと先ず間違いなくその期待を裏切られるということである。

強権的な父親に抑圧される家族ではあるが、ごく一般的なアメリカの中流家庭に訪れた次男を喪うという悲劇。その悲しみを重厚なクラシック音楽が悲しみに深みを与える。
だが、ストーリーにとりわけ大きな変化は無い。
違うのは物語にカットインされる広大な自然の映像である。
そして残された者はもたらされた悲し
みについて縷々と神に問い続ける。この映画の中に神は現れない。
だが終盤に部分的にではあるが、ストーリーの進行上明らかに異質なものが挿入される。
おそらくそれがテレンス・マリックにとって一番具体的な神の似姿だったのかもしれない。

詩情豊かな作品を撮り、寡作でもあるテレンス・マリックにとって、いよいよその訴えたいテーマが直截的になってきたように思う。
世俗の周縁から対比するように浮き上がる神々しいばかりの世界にマリックは魅了され続け、そのうつろう想いをフィルムに固着しようともがき続けた努力が今、ここに成就したのかもしれない。

形而上のものを示唆するために、ひたすら形而下の事象を積み重ねていく。
それは日々の祈りにも似て、地道で繰り返すほどに、その気持ちは純化されていく。

この映画に通奏するのは、喪失の悲しみから魂の救済に至るまでの「祈り」である。

テレンス・マリックはその「祈り」を言葉だけでなく彼の本領である映像美で表現してみせたのは、この作品が単なる難解なもので終わらせない特筆すべき長所だったように思う。

一家を支える強権的な俗物ではあるが、家族を愛する父親をブラッド・ピットが好演し、平均的なアメリカの家庭を描写することで物語に普遍性を与え、訪れた喪失の苦しみが観る者の心に訴えるとともに、父親と同様の悲しみを共有する成人して老境の域に差しかかった息子役をアカデミー賞俳優、ショーン・ペンが演じてしっかりと脇を固める。

只、鑑賞するにあたって注意してほしいのは、この作品は観る者をかなり選ぶという点だ。
一神教の理解と大きな喪失を経験した者でないとこの映画に共感することは難しいのかもしれない。
しかし、西洋人が畏怖し、恋焦がれるように慈悲を求める神への気持ちが東の果ての国に住むアジア人の私にも切ないほど伝わってきた。
人知を超えた存在に対する根源的な畏れがスクリーンから溢れてきそうなほど、敬虔さに満ちた作家テレンス・マリックの祈りが結実した一品である。

青森 学

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