チョルラの詩 - 渡まち子

◆全編とても寡黙だが、静かで抒情的な演出がじんわりと染みるようで、愛する人に伝えれられない恋心の物語にフィットしている(60点)

 詩を通して結ばれる3人の男女を、リリカルに描くラブ・ストーリーだ。1987年、韓国の全羅道では、ソウル五輪に向けて高速道路の建設が急ピッチで進められていた。在日韓国人の幸久は日本で非常勤講師をしながら詩人を志していたが、祖父の葬儀のために、数年ぶりに故郷の村を訪れる。従兄で兄貴分のカンスと再会し、日本で働くよりも韓国で暮らすべきと誘われる。しばらく村に滞在することにした幸久は、カンスが想いを寄せる女性ソンエに、恋の詩を書くため、カンスに詩を教えることになるが、やがて幸久もソンエに惹かれていく…。

 チョルラとは地名で、全羅道(チョルラド)のこと。韓国映画の秀作「風の丘を越えて〜西便制〜」の舞台としても知られる美しい風景と独特の風土の土地だ。物語は、男2人と女1人の三角関係の形だが、それぞれの思いを伝える方法が、詩ということで、繊細な心理描写が可能になり、愛情と友情の両方が同じ重みで感じられる。背景には、ソウルオリンピックを翌年に控えた韓国の経済発展や民主化という時代の流れ、今より難しかったであろう日韓関係の中で生きる在日韓国人の立ち位置などもある。だが、それらを声高に叫ばず、悲しみややるせなさをも詩を通して巧みに表現している。韓国では、詩人は社会的ステイタスがあって尊敬されているという。純朴でまっすぐなカンスが恋の詩から労働や社会への思いまで詩うようになる姿は、どこか誇らしげだ。そんなカンスがたどる運命から、生き方に悩む幸久にも決断の時がくる。2人の間で揺れるソンエの心情がやや分かりにくいのだが、終盤に、水没した道を懸命に走る場面で一気に彼女の思いが溢れだす演出が素晴らしい。この物語は、全編とても寡黙だが、静かで抒情的な演出がじんわりと染みるようで、愛する人に伝えれられない恋心の物語にフィットしている。監督は、台湾を舞台にした「トロッコ」で長編劇映画デビューを果たした日本人の川口浩史。主人公が日本名の幸久と韓国名・ヒョンスの両方を持っているように、異国の地で、アイデンティティーに悩みながらも前向きに生きていこうとする主人公をみつめるまなざしはボーダーレスで、優しかった。

渡まち子

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