◆アンジーの七変化が楽しめるスパイ・アクション。リアリティーはないがタフなヒロインの活躍は嬉しい。(55点)
CIAの敏腕分析官イヴリン・ソルトは、何者かの企てによってロシアの二重スパイの嫌疑をかけられる。自分の無実をはらすため逃亡を図り、CIAの追跡をかわしながら陰謀の真相を探ろうとするが…。
映画界では主役のキャスティングが紆余曲折するのは日常茶飯事だ。「ティファニーで朝食を」のヒロインは、最初はマリリン・モンローを念頭に置いていたという。モンロー版ホリー・ゴライトリーを見てみたかった気もするが、今ではオードリー・ヘプバーンで誰も文句はないだろう。主人公のイメージは脚本次第でどうにでも対応できるのだ。そうはいっても、本作はかなりムチャである。何しろ、もともとはトム・クルーズ主演で作られるはずだったという本作、男性でもかなりハードなアクションをそのまま女性に換算してしまうとは。現在の映画界で最もアクションがさまになる女優アンジェリーナ・ジョリーといえども、この展開は“いくらなんでも”だ。
スパイの疑いをかけられたソルトが、お手製の即席爆弾を作り、周囲の小道具を利用しながら逃げる展開は、同じく“逃げるCIA”ジェイソン・ボーンのようで面白い。だが、高速道路を走るトラックの屋根から屋根へと飛び移り、暴走する地下鉄からジャンプ、エレベータシャフトを降下、屈強な男たちを殴り倒すとなると、いくらアンジーでもフィジカル的に納得しがたい。しかも、ソルトの謎めいた行動で物語は二転三転。米国内でテロを遂行するのはロシア側である証拠だが、ロシア人たちにも平気で銃を向ける。自分を本当に愛してくれる優しい夫をみつめるまなざしはどうやら本物のようだ。謎めくというよりバランスが悪くて落ち着かない。こうなると映画の見方を変えるしかない。
そこで提案だが、ハリウッドで最もタフで美しい女優アンジェリーナ・ジョリーに焦点を合わせて楽しむというのはどうだろう。金髪から黒髪へ。タイトなグレーのスーツからクールな黒装束、ファー付きのマントへ。瞳の色も変え、ついには顔にラバーを張り付けた男装の変装まで。さしずめアンジー七変化だ。なんだか可笑しなコスプレ映画の様相を呈し始めたところで、意外な人物の正体がわかりクライマックスへと突入する。まったく命がいくつあっても足りないのだが、アンジーだからと居直ってしまえば、ムチャな活劇を楽しむ余裕も生まれよう。逃げるだけでは物足りない、攻めてこそアンジーだ!とテンションを上げてしまえばもうこっちのものだ。ちなみにアクションは、イスラエル生まれの武道“クラヴ・マガ”の技が基本だそう。攻撃や殺人ではなく護身がベースのこの動きは接近戦に向いているので、女性は要チェックである。
ヒロインの超絶タフネスぶりが際立つこの物語、そもそも特殊機関で教育を受け、何十年も敵国に潜伏して要人暗殺の機会を待つという背景に気が遠くなるが、まるっきり絵空事ではないらしい。つい最近でもスパイ同士の引渡し劇という、まるで映画のような事件が起こったばかりだ。完全に信頼していた人物が実は…というプロットは、スパイものでは定番。こんな荒唐無稽な作品が、計らずも現実とリンクしてしまうところが、映画の面白さであり不確定要素だ。やっぱり映画は“生きもの”なのかもしれない、思ったりするのである。
(渡まち子)