ソウル・パワー - 福本次郎

◆1974年10月、アリ対フォアマン戦の前座として行われた音楽祭に携わった人々の当時の姿を通じて、時代の熱気を再現する。黒人による黒人のための音楽祭。公民権運動の総仕上げとして、ブラックパワーを世界に向けて誇示する。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 米国の黒人ミュージシャンが、“故郷”アフリカで大規模な音楽祭を開催する。黒人の黒人による黒人のための音楽祭。公民権運動という第二の奴隷解放を目指すムーブメントの総仕上げとして、ブラックパワーを世界に向けて誇示しようとするのだ。映画は、1974年10月、アリ対フォアマン世紀の一戦の前座として行われたこの音楽祭に携わった人々の当時の姿を通じて、70年代の熱気を再現する。次々と独立の熱狂に沸いた60年代は過ぎ、独裁と政争と腐敗がいまだ表面化する以前のアフリカ、そのまだわずかに残っていた希望の光がむなしく光る。

 ザイールの首都・キンサシャで行われるボクシングヘビー級世界戦の前夜祭に向けて、スタジアムででは舞台の組み立てが始まっている。ザイール大統領の許可は出たが資金援助は得られず、白人投資家は頭を抱える。さらに、フォアマンの負傷でタイトルマッチは延期されるなど難問山積。だが、なんとか本番にこぎつける。

 ジェームス・ブラウン、ザ・スピナーズ、B.B.キングといったスーパースターたちが、ステージで熱唱する。ライブ映像自体は特に趣向が凝らされたものではないが、地元の人々は初めて触れるアメリカの同胞の音楽に、確かに貧困や搾取から自由になったことを感じている。実際には白人スタッフも多数参加しているのだが、白人がいなくても自分たちは立派にやっていける自信に満ち溢れた表情がスクリーンに踊っていた。特にブラウンが口にする「blackness」という言葉に、黒い肌に生まれついた事実に対する誇りが凝縮されていた。

 しかし、ここでもモハメド・アリの哲学は他のあらゆる黒人出演者を凌駕していた。黒人ミュージシャンたちを白人社会との同調者と呼び、差別と徹底的に戦うのが神に与えられた使命と自らを定義する。演奏される歌や音楽はあくまでエンタテインメントと、フォアマンとの試合を聖戦と位置付けるアリが並みいるスターをたった一言で脇役に追いやる。本来主役ではないはずのアリの圧倒的な存在感が印象に残る作品だった。

福本次郎

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