◆ヒロインを演じる実力派女優ヨランド・モローがすさまじいまでの名演技で圧倒される(70点)
芸術に神に愛された者は、こんなにも心が繊細で傷つきやすい存在なのか。素朴派の女性画家セラフィーヌ・ルイの“描くこと”への本能的な情熱を描く伝記映画だ。20世紀初頭のパリ郊外・サンリス。貧しく孤独な中年女性セラフィーヌは、家政婦として働きながら、自室でもくもくと絵を描く毎日を送っていた。神への信仰、自然との対話、何よりも絵を描くことが、彼女の生きがいだった。そんなある日、高名な独人画商ウーデが彼女の才能を見出す。ウーデの経済的援助を受け、才能を開花させるセラフィーヌだったが、戦争や大恐慌が起こり、ウーデは彼女を援助することができなくなる。やがてセラフィーヌは精神のバランスを崩していき…。
素朴(ナイーヴ)派とは、非職業的な画家で、独学で絵画を学び、既存の技術や理論とは無縁の“素人画家”と定義されている。精神を病む人物が係わることが多いこの素朴派に属するのがセラフィーヌ・ルイだ。本作では、彼女を絵画へ向かわせたのは、神や天使からの啓示という信仰からくる情熱としている。生来、精神的に不安定だった彼女は、経済的に豊かになり、また貧しくなるという金銭の浮き沈みを理解することができなかったのが悲劇だった。一方、経済援助とは無縁の時代に、草花や木々に話しかける彼女の表情のなんと穏やかなことか。特に、大木を抱いて樹木の声に耳を傾ける場面は、自然こそが彼女の創作のインスピレーションの源なのだと分かる。ただ、アーティストは見出されて初めて価値を得るが、それが必ずしも幸福につながらないことが芸術の奥深さなのだろう。映画はセラフィーヌの高貴な孤独や、絵画への情熱を寡黙なタッチで描いていくが、何しろ、ヒロインを演じる実力派女優ヨランド・モローがすさまじいまでの名演技で圧倒される。文字通り入魂の熱演で、完全に現実世界から乖離し、セラフィーヌになりきった目つきがすごい。だが、同時に非常に静かでナチュラルな演技でもあるところに凄みがある。セラフィーヌの描く、独特で力強い絵画にも魅了された。
(渡まち子)