◆彼女の筆致は独創性にあふれ、細部まで観察された果物や生い茂る木の葉は、リアリズムを超越した生命力に漲っている。余計な装飾をそぎ落とした物語は、神にささげるかのように過ごしたヒロインの生き方を反映させている。(60点)
動物の血や灯油を盗み、泥や植物を採取して、さまざまな材料と混合して自家製の絵の具を作るヒロイン。昼間は家政婦の仕事に追われ、夜ろうそくの明かりを頼りに絵筆を握る。彼女の筆致は独創性にあふれ、細部まで観察された果物や生い茂る木の葉は、リアリズムを超越した生命力に漲っている。物語は独学で絵画の技法を編み出した悲運のアーティストの後半生を、余計な装飾をそぎ落として描く。そのそっけなさは、他人との交流を極力避け、人生を神にささげるかのように過ごした彼女の生き方を反映させている。
フランスの地方都市で雑用をこなしながら絵を描いているセラフィーヌは、ある日ドイツ人画商・ウーデに見出されるが、第一次世界大戦が勃発、ウーデはドイツに戻る。
世俗とのかかわりは日々の糧を得るためと割り切っているセラフィーヌ。「天使の声」を聞いて絵を描き始め、独力で自らの才能を伸ばしていく。ひとりで草原に出て、風に耳をすまし、草木の息吹を感じ取る。その孤独こそが彼女の師でありインスピレーションの源なのだ。創作の苦悩とは無縁である一方、赤貧洗うがごとき生活をしている。セラフィーヌが絵具づくりから木切れやキャンバスに向かってイメージを具現化する過程は、神と対話する時間だったのだろう。
戦後、ウーデに“再発見”されたセラフィーヌは、「ゴッホに匹敵する才能」と評価され、全面的な援助を得る。今までに見たことのない大金と新品の絵具やキャンバス、そして人々の称賛。しかし、大恐慌によって物質的な幸福は彼女の手からするりと逃げていく。それを信頼していたウーデに裏切られたと感じたセラフィーヌは奇行に走る。身にまとったウエディングドレスは神の花嫁になる決意だったのか、それとも自分を理解してくれた唯一の男性・ウーデのために誂えたのか。芸術への情熱が絶望に変わると精神のバランスを失う、その激しさこそが人々の心を打つ作品を生むのだ。悲しみに包まれた純白のドレスが無垢であるが脆い彼女の心を象徴しているようだった。
(福本次郎)