◆生命力と一途な愛、インド的なるものと普遍なるものをバランスさせたダニー・ボイルの最高傑作(90点)
ご存じ、アカデミー賞作品賞を初め、昨年の各種映画賞を総なめにした快作だ。インドで人気のクイズ番組に出場した青年ジャマールは、残り1問で大金を手にするところまでこぎ着けながら、不正を疑われて逮捕される。スラム出身の負け犬(=スラムドッグ)は、なぜ次々と難問に答えられたのか。そして何のために全問正解しなければならなかったのか……。
まずは物語の構成の巧みさに舌を巻く。取調室での尋問から、収録されたクイズ番組のプレーバックに移り、そこからジャマールの少年時代の回想へ。巧妙にしてスムーズなその時間軸の循環を通じ、出題された問題のひとつひとつが図らずもジャマールの過去とつながっていたことが明らかになっていく。
回想シーンで描かれるジャマールの生い立ちは(とりわけ先進国の観客にとっては)壮絶だ。ゴミためのようなスラム、宗教暴動で惨殺される母親、孤児を集めて物乞いをさせる怪しげな組織。だが「後進国」の惨状に安易に心を痛めたりすれば、劇中に登場するアメリカ人夫婦と同様、現地の人から失笑を買うだろう。人は置かれた状況の中で精一杯生きていくしかない。ジャマールとその兄もまた、我が身の不幸を嘆く暇もあらばこそ、時には盗みや詐欺まがいの行為も働きながらしたたかに生き延びる。引きこもりやリストカッターが続出するどこかの「先進国」の住民の目には、そのバイタリティがまぶしくも痛快だ。インド人作曲家、A・R・ラフマーンの起用も大正解。その音楽は全編をエキサイティングに盛り上げる。
生き別れた孤児仲間のラティカに向けるジャマールの一途な愛も、本作を貫くもうひとつの柱だ。ラティカをようやく探し当て、「君に会いに来た」と告げるジャマールのけなげさ。ギャングの囲い者となったラティカが、「会えたわ。それでどうなるの?」と返す言葉の切なさ。無学なジャマールがクイズ番組に出たのも、彼女が見ていると思えばこそ。だからあなたは、彼が最後の1問に臨む時、我がことのようにハラハラし、祈らずにはいられない。ライフラインというクイズのルールと恋の行方を絡めたプロットは見事のひと言。ここまでジャマールを利用するだけだった兄が、最後に見せる男気にも泣ける。
本作のアラを指摘するのはたやすい。ジャマールが過去に知り得たことばかりが偶然クイズに出るわけないだろ。ましてや経験した順番通りに出題されるってどーゆーことよ? だがこの『スラムドッグ$ミリオネア』には、そうした作り手の作為や観る側のツッコミをすべて呑みこみ、心地よく疾走させるだけのパワーと感動がある。社会性と娯楽性、アクションとロマンス、インド的なるものと普遍なるものを見事にバランスさせた、これはダニー・ボイル監督の最高傑作。観るべし!
(町田敦夫)