ジュリー&ジュリア - 福本次郎

◆「ボナペティ!」の声に思わずよだれがこぼれそうになる映像は、料理は作り手の気持ちが煮詰められていることを思い出さてくれる。食べるという行為は胃袋を満たすだけでなく、作り手の人生観が込められたラブレターなのだ。(80点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 「ボナペティ!」の声に思わずよだれがこぼれそうになるくらい食欲をそそる映像は、料理は作り手の気持ちが煮詰められていることを思い出さてくれる。舌がとろけるような甘さが糸を引くデザート、頬が落ちるほど濃厚なバター風味のソース、牛肉とワインが絶妙のハーモニーを奏でる煮込み……。料理とは、そのままでは動物や植物の「死体」でしかない食材に再び命を与えるテクニック、そしてそれらを味わいつくして生きていることに感謝する行為。フランスという、料理が芸術の域にまで昇華された国の真髄を2人の米国人女性が受け継ぐ過程で、食べるという日常が単に胃袋を満たすだけでなく、愛そのものであると映画は主張する。

 1949年、外交官の夫と共にパリで暮らすジュリアはクッキングスクールに通い始め、その奥の深さに感化を受け、料理本の執筆に取り掛かる。’02年、NYのOL・ジュリーは自己表現のために1年間ジュリアのレシピを作り続けるブログを開設する。

 毎日せっせと記事を更新しているのに何人の人の目に触れているのか心配になったり、続けるのがストレスになって夫に当たり散らしたりと、ブロガーならではの苦しみに苛まれるシーンに共感を覚える。嫌ならやめればいいのに、友人たちに負けたくないと己で決めたことだからついムキになってしまう、そして読者からのコメントに一喜一憂する。そんなジュリーが、仕事ではついに感じられなかった「やりがい」とともに、生き方を見つめなおしていく姿は21世紀的な光景だ。

 今までのグルメ映画と決定的に違うのは、コックが対象としているのが顔の見える家族や客ではなく、不特定多数の読者を相手にしているところだ。もちろん読者は彼女たちの料理を直接には味わえず、文字から想像するか自分で再現しなければならない。それでも、ジュリアやジュリーの人柄が文章からにじみ出て、そこに夫という理解者兼味見役が介在する点がユニークだ。作り手の人生観が込められた究極のラブレターに、心まで満腹になった。

福本次郎

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