ジュラシック・ワールド - 青森 学

野生動物と人間の共存は難しいが、しかし、全く不可能とは言い切れ無い可能性の描きかたが秀逸(点数 88点)


(C)Chuck Zlotnick / Universal Pictures and Amblin Entertainment

人間の尊大さを諌め、人間もまた地球の一員であることを再確認するのが、ジュラシック・ワールド創業者の理念。
その崇高な目的とは裏腹に経営の恒常的な成長のためなら手段を選ばない幹部も居る。
創業者の理念が時を追うごとに形骸化していくのは何処でもありがちなのだが、映画では中興の祖のようなキャラクタがあまり登場してこないのは少し不思議ではある。
パニックムービーとしてはオーソドックスな作りではあるのだが、主人公の感情の動きを演出で伝える製作者の手腕は良い。

例を挙げると、瀕死のブラキオサウルス(?)の死を看取るシーンで主人公が恐竜もまたビジネス上の商品ではなく、生きている本物の動物であると実感する演出は上手い。
このシーンがビジネスの権化だった主人公を生身の人間に戻らせていく心の動きを上手く観客に伝えている。
パニックムービーではあるが、人間と自然の共存、生きる者としての人間性の回復など、映画が訴えるテーマは非常に深い。

テーマパークの安定的経営のために、遺伝子組み換えを行った恐竜を呼び物にしようとジュラシック・ワールドの経営者は考えるのだが失敗し、これもまた人間の横暴さを批判するこの作品の基調になっている。
キメラを作ることは、人間の許容外の行為であると映画は暗に批判している。
これは神をも恐れぬ所業であると言いたいのだろう。まさにキリスト教圏の人間が考えそうだ。
キメラを作ることの是非はともかく、映画では社会性の無いモンスターとして描かれ血に飢えた野獣となり人間を襲っている。
凶暴化した恐竜の原因を、飼育方法の間違いと遺伝子組み換えのタブーを破った事だと映画では意図的に混同しているが、このミスリードは演出としてはどうかと思った。

ただ、兄弟と育ったベオキラプトルが社会性を身に付けるエピソードを対比させるように挿入しているので、キメラの凶暴化がすんなりと理解出来るような展開になっているのは良い。

映画の中で飼い慣らされたベオキラプトルの軍事転用を目論むインジェン社の幹部が居るのだが、この映画の中では人間の傲慢さの象徴として描かれている。現実では機雷掃海のためにイルカを徴用した例もあり、このような非人道的な動物の軍事利用は以前からある。軍用犬の暗躍は戦争の歴史と共にあるし、第二次大戦では最前線で軍用犬が敵兵士を襲う凄惨な戦いも実在した。

古典的なパニックムービーの様式を守りつつ、ラストは怪獣映画のリスペクトがうかがえるシーンがあり圧巻である。このラストが訴える主張こそが『ジュラシック・パーク』より深化した内容になっている。二十年前と比べ、やはり世界は変わっているのだ。

青森 学

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