◆音楽と振り付けは斬新で大胆、その常識を覆すスタイルは、流行を生み出してきた女の琴線に触れる。映画は時代の最先端を走っていた女と革新的な作風の男の才能と愛のせめぎあいを、感情のテンションをギリギリまで高めて描く。(60点)
短く刻んだリズムにのせてダンサーたちが細かいステップを踏む。音楽と振り付けは斬新で大胆、保守的な観客には大罵声を浴びる。だが、その常識を覆すスタイルは、流行を生み出してきた女の琴線に触れる。映画は、生き方自体が時代の最先端を走っていた女と、作風は革新的でも家族を捨ててまで激情に身をゆだねられなかった男の、つかの間の才能と愛のせめぎあいを、感情のテンションをギリギリまで高めて描く。今年公開された2本の「シャネルもの」では、ボーイ亡き後のシャネルは男を断ってファッションに命を捧げたように語られていたが、この作品ではきちんと女の部分に迫っている。
イゴール・ストランビンスキーは、「春の祭典」初演で大失敗するが、聴衆の中で唯一ココ・シャネルだけは舞台に集中していた。7年後パリに亡命してきたイゴール一家の窮状を知ったココは、所有する別荘を創作の場として提供する。
ココはボーイの死から立ち直り、実業家としても飛ぶ鳥を落とす勢いに成長している。成熟した色香をふりまきイゴールを誘惑するココ、抗いきれないイゴール。ピアノの前で交情するシーンは、迸るような情熱よりはむしろ相手の感性を貪り自分の中に取り込もうとする獰猛な意図が感じられ、センスを売り物にするふたりがセックスを通じてお互いを高めあう美しさを秘めていた。
「花の香りではなく、女の香りが欲しいの」と、調合師に注文を付けるココ。香水という新たな事業に進出する際に、男の本能を嗅覚から刺激するヒントを求めていたのだろう。それには妻子のいるイゴールが理想的な実験台だったのだ。しかし、No5を完成させたのに、イゴールの理性を奪い彼の家庭を壊すまでには至らない。そこでイゴールの妻・カーチャの嫉妬心に火を付け、さらに女としての魅力で圧倒しようとするなど、女のいやらしさが全開。すべてを手に入れたように見えるココも肉親の絆だけは手に入らない、そんな成功者の孤独が通奏低音として鮮やかな彩りを添えていた。
(福本次郎)