◆太陽が隠れた空はどんよりとした雲が立ち込め、建物は廃墟となり木々は立ち枯れている。そんな崩壊した地上で、ひたすら南に向かって歩く一組の父子。先に希望があると無理にでも自身を納得させる姿は、哀しみに満ちている。(60点)
果てしない絶望が支配する世界では、死ですら甘美な夢に思えてくる。ほとんどの生物は絶滅、少ない食料を奪い合うだけでなく、人間が人間を食らう倫理の断末魔のごとき状況で、父は息子に何をしてやれるのか。せめて盗んだり殺したりする悪人にはならないでいてほしいと願う。太陽が隠れた空はどんよりとした雲が立ち込め、建物は廃墟となり木々は立ち枯れている。そんな崩壊した地上で、父子はひたすら南に向かって歩く。先に希望があると信じて、いや無理にでもあると自身を納得させる姿は、力強い半面、恐怖に爆発しそうなほど脆い哀しみに満ちている。
突然の天変地異で文明と自然が滅び、生き残った父子は海を目指している。途中、人食いギャングに遭遇したり備蓄が豊富なシェルターを見つけたりするが、なかなか安全な場所は見つからない。その道中、父は息子に善人であれと教え続ける。
父は息子をまともな人間に育てるのが己の役目と心得ているが、荒廃した“その後”しか知らない息子に正義や道徳を教えるテキストもなく、ただ平和な時代に身に付けた知識や経験をもとに自らの行動で示すほかない。しかし、自分たち以外信用できないシチュエーションでは警戒心が先にたち、もはや父はすべての他人が悪人に見えている。それでも、無害な老人や盗人にまでやさしく接しようとする息子に、まだ理性的だったころの父の良心が確実に受け継がれていたことに安心した。父が不寛容に陥っていく一方で息子が他者への思いやりを学んでいくのは皮肉ではなく、父に遺された時間の短さと息子の成長を物語っているのだ。
やがて、2人は海にたどり着くが、そこも座礁した船が残骸をさらすのみで、襲撃を受け負傷した父は息絶える。一人ぼっちになった息子は放浪者に声をかけられるが、彼も食人者かもしれない。だが、その男との短い会話で、もう一度誰かを信じようという気持ちが息子に芽生える。人と人との関わりは、お互いに心を通わせるところから始まる。それを証明するかのようなラストシーンに、わずかな光が差していた。
(福本次郎)