スティーブン・キング原作小説を『ショーシャンクの空に』のフランク・ダラボンが映画化（75点）
© 2007 The Weinstein Company
スティーブン・キング。アメリカのモダンホラー作家。70年代は極貧と精神不安定に苛まれながらも『キャリー』『シャイニング』『ザ・スタンド』等、後に映画化された作品を次々と執筆する。彼の書く作品はよく映画化されるのだが、映画化されてヒットしたものの多くはホラー以外のものが多い。その例に『ショーシャンクの空に』と『グリーン・マイル』が挙げられる。今年のホリデーシーズンにまた彼の作品を映画化したものが公開された。スティーブン・キングの『スケルトン・クルー1 骸骨乗組員』という短編集に集録されている『霧』という作品である。映画のタイトルは『ミスト』という。
監督を務めたのはスティーブン・キング作『ショーシャンクの空に』や『グリーン・マイル』を映画化しているフランス出身の映画監督フランク・ダラボン。今まではスティーブン・キングの小説の中でもホラー作品ではなく、ちょっとした奇跡が起こるストーリーを映画化してきた彼が次に選んだスティーブン・キングの『ミスト』は怪物もののホラー作品。スティーブン・キングの原作に惚れ込んだ彼がこの作品を『ディープ・ブルー』や『パニッシャー』のトーマス・ジェーン主演で描く。
メイン州のある小さな町に住むデヴィッド・ドレイトン（トーマス・ジェーン）は絵描きとして町では名が知れている。ある日町に大きな嵐が訪れる。デヴィッドの家に大きな被害をもたらしたひどい嵐だったが、デヴィッドと妻そして彼の息子ビリーは山の方から霧が流れて来るのを確認する。その後、更なる被害に備え、デヴィッドとビリーは嵐で車を破壊された隣人のブレントと町のスーパーマーケットに保存食等を買い出しに出かける。しかしそこはデヴィッドと同じ考えの人が多くおり、客でごったがえしていた。レジに並ぶデヴィッドとビリー。しかし突然の地震と共にスーパーマーケット周辺にも霧が発生する。そして血を流しながらスーパーマーケットに向かって男が走って来る。彼は皆に言う。「霧の中に何かいる！」と。
霧の中からタコ、蚊、鳥、蜘蛛、ザリガニに似た巨大生物が出現し、人間を襲う。全く現実味に欠けるストーリーで、ただのB級映画と観客は思ってしまうかもしれない。しかし、途中からこの映画は一変する。スーパーマーケットに人々は閉じ込められてしまうが、その中には家族の安否を確かめにその場を去る者、怪物の存在を信じず助けを求めに去る者等がいる。ほとんどの人は目の前で起こる惨劇に恐怖を覚えスーパーマーケットから動こうとしない。そしてその恐怖が人の心までも変えてしまう。
スーパーマーケットに残った者の中にマーシャ・ゲイ・ハーデン演じるミセス・カーモディという女性がいる。彼女は敬虔なキリスト教信者で、今起こっていることは全て聖書の中に書かれていると言い始める。はじめは彼女の狂言であると誰も耳を貸さないのだが、聖書に書かれていることと類似したことが起こると次第に人々はカーモディの話に耳を傾ける様になる。そしてカーモディはスーパーマーケットの中でキリストの使徒として彼女の王国を築き始める。人々の恐怖心を利用して。
この一連の恐怖心の成す行動を見て思ったのだが、宗教等も多くは人の恐怖心に基づいているという事だ。救われたいと願うことこそまさにそうではないだろうか。もしあなたが強い心を持っているなら神等気にしないだろう。人間は弱くて恐怖に苦しんでいるときは何かに縋り付き、それを正当化して生きる。この映画の中で、マーシャ・ゲイ・ハーデンは迫真の演技を披露しているのだが、彼女のキャラクターは興味深い反面、登場人物の中で一番観客を苛立たせる役柄だろう。この役は非常にアメリカ的で笑える。
この様に心理的見地からも興味深い考察が出来るこの『ミスト』だが、スーパーマーケットに閉じ込められた人が外の状況を掴み始めてからは、スティーブン・キング自身が大の苦手な蜘蛛をはじめあらゆるモンスター達が出現し、ドキドキしながら作品を楽しむ事ができる。それはフランク・ダラボンの脚本と監督が優れているからに他ならない。そしてあの衝撃のラストと共に、作品の不気味さが尾を引き、映画を観た者は映画館を出た後もこの映画について考えるだろう。霧に覆われた町で、人々は周りが見えず、恐怖に心を支配されている。しかし、そんな中でも人々は決断を下すしかない。もしあなただったらモンスターのいる霧の中に飛び込み逃げようと試みるか？それともいつモンスターに襲われるか分からないスーパーマーケットでひたすら助けを待つか？
（岡本太陽）
