ザ・コーヴ - 前田有一

◆偽善者ホイホイ(60点)

 和歌山県・太地町で行われているイルカの追い込み漁を止めようとする、反捕鯨活動家たちのアウトローな活躍の姿を、けれん味たっぷりの演出で描いたドキュメンタリー。冗談好きなオスカー会員たちの悪ふざけか何かで、アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した話題作だ。多数の捕鯨反対派へのインタビューと、太地町のイルカ捕殺現場への侵入アクションで構成されている。

 なおこの点数はトンデモ映画として見た場合のものであり、内容の正確性への評価は一切含まれていない。

 いきなりだが、私と「ザ・コーヴ」のかかわりは案外古い。まだこの作品がアカデミー賞にノミネーションすらされない頃、すでに権利元は日本での公開を目指し、あちこちに打診をかけていた。私の周辺にもその話が来て、じゃあとりあえず見てみるかと皆で見たのが最初である。

 そのときの反応は、否定的な見方が多かったが様々であった。肖像権侵害、不法侵入、盗撮など違法脱法行為を罪悪感なしに、というか茶化して笑いにする作り手の常識を疑う声も上がった。

 後の選定会議では(水銀問題も含む)食糧問題に詳しいスタッフが詳細な資料と共に、本作における水銀、イルカ取引数等のデータ部分の誤りをひとつひとつ示した。

 「(人間のために演技するのが嫌で)イルカはぼくの腕の中で自殺したんだ。目を見てそれがはっきりわかった」などと出演者のイルカ調教師が大真面目で語る映画だから、内容の正確性も推して知るべしと誰もが思っていたが、こうした冷静な議論を経て私たちの元での上映はスルーする事にした。

 それでも私は「反捕鯨活動家のバカさ加減と情報工作活動の実態を世間に知らしめるいい資料になるから」と、配給権を買う事も含めて再検討してはと意見した。だが、まじめに研究してきた側にすれば、自分たちまで良識を疑われるリスクを犯してまでそんな事をするはずがない。この話は流れ、やがて映画会社アンプラグドが日本での配給権を手にする事になった。

 さて、なぜこんな話をしたかといえば、この映画をめぐる「上映中止騒動と「表現の自由」」問題の本質がここに隠されているからだ。

 結論から言えば、配給にしろ映画館にしろ、こういうリスキーな作品を上映するかどうかは「リスクに見合ったリターン(儲け)」が得られるかどうか。それ以外に判断基準などないというわけだ。

 儲けが大きければ、抗議団体に街宣予告をされようが自宅までこられようがやる。そこまでは儲からない、あるいはそんな思いをしてまで小銭稼ぎはしたくない、会社に政治的な色がつくのは嫌だ、そう思うならやらない。それだけの事だ。表現の自由も何もない。ビジネスの論理があるだけだ。

 「ザ・コーヴ」上映を決めた映画館、配給を決めた映画会社は、それぞれの経営判断で前者を選んだ。

 「弱者でござい」といった顔で上映映画館の関係者たちが、「命がけで表現の自由を守る」などといっているが、あんなものはプロレスのマイクパフォーマンスと同じである。今回真っ先に上映を決めた映画館・第七藝術劇場の支配人が、うっかり「『靖国 YASUKUNI』(ザ・コーヴ同様、抗議活動による上映中止が続出した問題作)の時は一番客が入った」と思わずもらしたのを、私はしっかりと聞いた。これこそが本音であろう。

 もちろん、彼らはビジネスマンなのだからそれでいいのだ。ポジショントークで「命を懸ける」宣言するのも結構結構。

 ただ問題は、これらをプロレスと理解せず、本気になってしまう人たちだ。

 今回私は、アンプラグドの人とも密接に連絡を取っていた。彼らは普通の映画会社だから、こうしたハイリスク物件には慣れていないのではと私は気になっていた。「靖国 YASUKUNI」のときも、宣伝会社の人がひどく消耗してしまったと聞いていたので、心配に思っていた。だから「抗議している人たちは、(刺激しない限り無茶はしないから)今は放っておいたほうがいい」と話した。だが肝心な事をいい忘れてしまった。今はとても後悔している。彼らに真っ先に伝えるべきだったのは、「本当に貴社にとって危険なのは、味方のふりをして近づいてくる偽善者たちですよ」という事だったのだ。

 何度も有料で人を集めシンポジウムを開き、上映推進をさけぶこの種の人々は、一般人には理解も支持もされていない屁理屈を本気で正義と信じ込んでいるので、非常にたちが悪い。

 私は、情報を得た限りの彼らの集まりにすべて足を運んだが、実にひどいものだった。中には自ら現地取材し、太地町いじめの本質を見抜いたジャーナリストの綿井健陽氏のような人もいるので全員とはいわないが、飛交う意見は偽善的なものばかり。映画館は弱者、抗議者は不法な圧力集団。そんなレッテル張りに終始していた。

 抗議する側の自由も、大もうけ物件を取り扱うなら当然リスクも受け入れるべきというビジネスの基本も、太地町の人々には反論の機会さえないという不公平性も、せいぜいアリバイ作り程度にコメントするだけ。映画製作におけるシー・シェパードの関与についても、まじめに取り合おうともしない。

 だいたい上映が終わった初日の夜になってもまだ「上映禁止運動に反対」などと言ってるのだから、ほとんどコントである。もう上映やってますよ。

 こういう人たちはきわめて偏った思想の持ち主だから、映画会社は距離を置くべきだったと思うが、代表宅にまで街宣が押し寄せる状況で心細かった、あるいは味方がほしかっただろう。結局手を結んでしまったようだ。

 反日映画を配給したところで、今後のラインナップでバランスをとっていけば問題はない。だが彼らと同類とみなされれば最後、永久に反日会社のレッテルを貼られてしまいかねない。これは、「靖国 YASUKUNI」を配給した映画会社が通ったのと同じ道だ。今後の彼らのビジネスに悪影響が及ばければいいのだが……。私は本気で心配している。

 さて、そろそろ映画の内容についてだが、私が始めてこれを見たとき笑ったのは、サーフボードにのって抗議活動をしていた金髪美少女二人が、太地町の屈強な漁師に力づくで排除され、泣かされる場面である。太地町漁師たちの、ヤクザで暴力的な性格を知らしめようというシーンだ。

 だが、顔を見ればこの二人はシー・シェパードの支援活動家として名をはせる有名なハリウッド女優。もちろん、泣く演技などお手の物だ。ヘイデンさん、何してるんですかと私は思わず声をかけたくなった。顔にモザイクをかけるなら、彼女らにかけなければ(プロパガンダの)意味がない。

 このほかにも、トンデモ度合いの高いインタビューを受けている者は、ほぼシー・シェパード(SS)関係者といっていい。しかし、ポール・ワトソン代表はあまりに有名すぎて隠せなかったが、他のメンバーの肩書きにSSの文字はない。これはSSの名前を出せば誰にも相手にされない事を、作り手自身が自覚している証拠である。

 ちなみに中心となるリック・オバリー元調教師などは、太地町で抗議活動をしたいから、形式上SSの名簿から名前を削除した人物。SSは賞金の名目で、金も出している。こういうことは、SSの公式サイト(英語)に書いてある。過激な行動をすることで注目と資金を集めるビジネスモデルであるから、栄えあるオスカー受賞作に自分たちが深くかかわっていたこれらの「不都合な真実」は、いまだに削除される気配もない。

 また、この映画が描いてない(この映画の出来事の直前に起きた)重要な事実がある。シー・シェパードが2003年11月に太地町に破壊活動家を送り込み、漁師の網を切り裂き、15頭ものイルカを逃がした刑事事件である。「ザ・コーヴ」によれば、イルカは一頭最大15万ドルで売れるそうだから、SSは最大 225万ドル(約2億円)もの太地町漁師たちの収入・財産を一方的に奪ったわけだ。とんでもない犯罪集団である。

 さすがにこの時は実行メンバーが逮捕され、地元警察に拘留されたのだが、実はその活動家の一人がポール・ワトソンの愛妻アリソンであった。私は、SSが太地町に執拗に絡む理由のひとつは、このときの私怨があるのではと考えている。そもそも太地町のイルカ捕獲数は、日本全国のわずか10%にすぎない。(大半は岩手県沿岸)

 また、太地町に滞在する東京新聞の吉岡氏によれば、もともと太地町の漁師は浜辺で隠さず捕獲したイルカの処理をしていたという。だが白人たちの反捕鯨活動家が妨害するため、やむを得ず入り江(立ち入り禁止区域)の海中ですますようになったのだ、と。

 この映画はそうした経緯を一切しめさず、「悪辣な太地町漁師たちが、入り江の奥にこそこそ隠れて、いたいけなイルカを残虐に撲殺している」と、告発者気取りで騒いでいる。

 バカをいっちゃあいけない。自分たちが違法な破壊活動、テロ行為を繰り返し、そうせざるを得ぬよう気の毒な漁師たちを追い詰めたのを忘れたか。太地町の人々は、昔から伝わるやり方に工夫を加えながら、近くを通りかかるイルカを捕って暮らしているだけだ。イルカは絶滅の危機に瀕しているわけでもないし、漁師たちの行為に違法性はまったくない。

 もっとも、こうした事情を知らずとも、本作にだまされる人はそうそう多くあるまい。アカデミー長編ドキュメンタリー賞を取った作品としては記録的に少ない興行収入(米国)からは、アメリカの一般市民の無関心の冷笑が聞こえてくるようだ。ただし、SSが太地町を本気でつぶそうとしている事だけは間違いない。

 なお、オスカーをとった米国版と日本公開版の違いは、太地町住民の顔へのモザイク追加だけではない。日本の警察をおちょくるシーンなど、作り手たちの違法脱法行為を自慢するようなシーンは削除、または編集され相当ソフトになっている。mixiで犯罪自慢するようなメンタリティの作り手たちも、さすがに改めて見てみたら恥ずかしくなったというわけだ。

 だが、その結果、日本公開版は本来の姿である反捕鯨プロパガンダとしての純度が大幅に薄れ、生ぬるい仕上がりになってしまった。これではポール・ワトソンもガッカリか。

前田有一

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