ザ・ウォーク - 青森 学

損得勘定では動かない、純粋に夢を追う人間の狂気と崇高さが垣間見える作品(点数 88点)

ワイヤー・ウォーカーという軽業師が居る。
高所にロープを張って渡る“綱渡り”を職業とする人たちだ。
その昔、今は亡きワールドトレード センター(ツインタワー)に綱を張り渡った軽業師フィリップ・プティ(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)が居た。
この作品は彼が訪米しツインタワーを渡る夢を叶えるまでの半生を描いている。
この目的の実現のためにプティは様々な人たちの協力を仰いでいる。
これはプティとその“共犯者”の軌跡を追った物語である。

“そこに山があるから”と答えたのはジョージ・マロリーだが、プティもまたそれに近しい人物だったようだ。
夢を追う人間、カネにもならず、生命の危険を冒して、それでも夢を追う。
夢はカネに換算出来ない。もちろん夢が叶った時にカネが付随することもあるだろうが、それはあくまで副次的なものに過ぎない。
”大儲けするのが夢”という言葉に違和感を感じるのはその為である。

カネとはまた違う次元で語られるものが夢なのである。
夢は狂気に似ている。現実でないものを心に描く点では夢も狂気も一緒だ。
この作品の主人公も夢に囚われ狂気に一歩足を踏み入れる危うさもまた巧く描かれている。まさに夢と狂気の境界は紙一重だ。
映画ではプティを単なるお騒がせ者としては扱わず、彼なりの信念と夢があったことを、エピソードを交え深く掘り下げて映像化している。
芸術なのかそれともこれは単なる騒動なのか。
映画ではプティを芸術家として扱っているが、映画を観ていればその理由も自ずと解ってくる。

軽業師というものは重力の束縛から逃げられるような、または、いつも自重の半分くらいしかないような普通の人間とは違う異界の人に見えてしまう。
常に現実と異界の狭間に立ち軽々と2つの世界を行き来できるような両義性を内包しているのが軽業師だ。
軽業師は人に人間の可能性を説く力と浮世の辛さを忘れさせる魔力を持っている。
均衡した重力の中心に立ちロープの上を自由に歩くそのさまはそのまま世間のしがらみからの解放と無謀と揶揄されようとも追い続ける夢の象徴だったのかもしれない。

既存の価値観を破壊した時、いつもの風景は違ったものとして目に映る。
彼らにとってのクーデターとはパラダイムへの挑戦だった。
銃火器を素材にアートを創るようなニュアンスだ。
無骨なツインタワーもプティのユーモアによって新しい意味を獲得したのである。
現代はユーモアに飢えている。過剰な自主規制によるユーモアの排除。
配慮という名の事なかれ主義。
生命を危険に晒してでも挑戦したプティの捨て身のユーモアは40年余りの時を経て映画として甦った(正しくは先にドキュメンタリー『マン・オン・ワイヤー』がある。
2009年日本公開)。
今、その過激なユーモアを経てから見たこの世界はプティの目にはどう映るのだろう?!世界は良い意味に変わったのか?あるいは否か?
唯一つ言えるのは、世間の常識に反旗を翻した勇気ある愚者がいたこと。
その事実である。

彼らが起こした小さな革命は成功したのか、その結末はスクリーンでご確認頂きたい。

青森 学

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