◆今のアメリカを象徴するようなストーリー(75点)
『ザ・ウォーカー』は、オープニングの狩りのシーンからどこか腰のすわりの悪さを感じる不穏なつくりの映画である。だがそれは巧妙に仕掛けられた伏線であることが、そのうち観客にもわかる。さらにストーリーにはあらゆる比喩が含まれており、現代社会に生きるアメリカ人に対する重要なメッセージや皮肉も込められている。
ぱっと見れば、ただの終末アクション映画にすぎないが、そうした単純なルックスの裏に社会派のメッセージをこめてくるあたりが、アメリカ映画界の懐の深さ。他国じゃこうはいかない、さすがの横綱相撲といったところだ。
文明が崩壊し、その残滓を奪い合う弱肉強食の世界。動物たちも多くは滅び、人肉食すら珍しくないこの世界で、男(デンゼル・ワシントン)はある一冊の本を大事に抱え、西への旅を続けている。最後に残ったその1冊の本を大事に運ぶ理由は何なのか、そして男の目的地はどこなのか。常人離れしたサバイバル&戦闘能力で孤独な旅を続ける男だが、やがて本の価値を知る独裁者(ゲイリー・オールドマン)に補足され、壮絶な追跡を受けることに。
宗教を悪用する白人と、世界を正常に戻そうとする黒人。この構図を見ればアメリカ人なら誰しも、ブッシュとオバマを思い出すはずだ。つまりこの映画は宗教を為政者がどう利用し、戦争の理由付けとするか、非常にわかりやすく描いた作品である。しかも、相当な説得力がある。
このテーマは先ほど書いたとおり、アメリカ人にとってはリアルタイムで体験した悪夢であり、この映画は彼らのトラウマを刺激するなかなかのショック作品となったはずだ。劇中である人物が語る「あの頃、捨てていた物を今は奪い合っている」との台詞は、じつに思わせぶりである。「あのころ捨てていた物」とは、端的にいえば主人公が運ぶ「本」そのものを意味している。それを今は、善がわも悪がわもほしがっている。フライドチキン店の使い捨てウェットナプキンや、安物シャンプー、そういった「この時代では貴重品」を信じられないほど大切にする描写がしつこく繰り返されるが、それは「本」も同じくらい大事なものなのだという主張の表れといえるだろう。だから、今のうちに大切にしとけよと、まあそういう事を伝えたいわけだ。
アクション映画としても一流で、本格的な映像と破綻なき世界観は見ごたえ十分。ジークンドーの師範ダン・イノサント仕込みの殺陣を、演技派デンゼル・ワシントンが見事にこなす。日本刀では長すぎて接近戦に緊迫感が出ないと判断した監督らにより、マシェット(山刀)によるバトルが主だが、これが大成功。ちなみにダン・イノサントは軍や警察に近接戦闘訓練をしているプロ中のプロなので、世界観同様、動きに余計な遊びがない。
かように大人の鑑賞に耐える娯楽映画だが、油断しているとガツンとやられる仕掛けも施されている。最後の最後までサービス満点。この夏、見て損なしのアクション映画の良品である。
(前田有一)