◆露骨な性描写がカンヌ映画祭他で注目を集めた話題の作品（75点）
1人の少女が鏡の前で濡れた髪をタオルで拭っている。彼女の裸の体も水に濡れており、風呂上がりである事が伺える。そして彼女はセクシーに鏡の中の自分に「I Love you」と囁く。それは何かの練習なのだろうか、彼女は鏡に向かって何度もその言葉を繰り返す。その部屋のドアの隙間から彼女の小さな甥が叔母の裸を眺めている。それでも彼女は気付かずに練習を続ける。こうやって物語が始まるフィリピン映画『サービス（原題：Serbis）』は、街の喧噪や熱気、空気の質感、そして臭いまで伝わって来てしまう様な「生」という言葉が相応しい特別な映画である。
昨年のカンヌ映画祭でも話題となった『Masahista』『Pantasya』のブリランテ・メンドーサ監督の新作はフィリピンの街アンヘルスにあるポルノシアターを経営する家族と従業員達のとある1日を描く作品だ。タイトルの『サービス』とは、性的サービスの事で、この場末の映画館の暗い劇場内では男娼達のセックスが繰り広げられており、この映画館を経営する家族の子供達はポルノ映画や生のセックスが目の前にあり、毎日それを見ながら生活しているのだ。
フィリピンという国は多様な文化の坩堝として知られており、16世紀にはフィリピン諸島の多くはスペイン領になり、イスラム教徒の多かった土地にスペイン人はローマ・カトリックを布教した。現在フィリピンは人口の90％がカトリックであり、彼らの宗教的行事や風習を『サービス』の中でも観る事が出来る。また、フィリピン人の多くはスペイン系の名字を持っており、メキシコ等と同様、スペインの植民地であった事をそこに住む人々の名前からも伺える。
ジャクリン・ホセ扮するナイダは子供を産み育て、そして日々の暮らしの中で自分への時間を費やす事が出来なくなり、以前の美貌を失った。同時にもう1つの家族を持っていた元夫に制裁を下したい家長である彼女の母（ジーナ・パレノ）、劇場内を駆け回る息子、映写室で時折性行為を行う映写技師の従弟ロナルド（クリストファー・キング）、その弟でガールフレンドを妊娠させた映画看板絵師アラン（ココ・マーティン）等、ナイダには心配事が尽きない。ナイダをはじめ本作では家族それぞれの葛藤が描かれると同時に、家族のモラルの崩壊が大きなテーマとなっている。
本作は露骨な性描写が話題だが、それよりも強烈なのは劇場の衛生面での汚さ。とにかく生活の中で出す人間の汚れという汚れをこの映画はわたしたちに見せつける。また街は人やノイズでうるさく、映画館内も男娼達が闊歩し騒がしい。しかし、ポルノ映画が上映されている暗い劇場内だけは時に静かな喘ぎ声が聞こえるくらいで、外と対称的な位置付けがされているのが興味深い。真っ暗な劇場はたとえポルノシアターであろうと聖域なのだ。
監督メンドーサ氏は本作でフィリピンの現状を伝えたかったと言う。撮影スタイルも非常にシンプルで、わたしたちはまるでドキュメンタリー映画のごとくポルノシアターを経営する家族の行動を追っている様な感覚に陥り、その「生」に近い彼らを通してわたしたちはフィリピンにおける貧しい人々の生活がどの様なものか知る事となる。そして、貧しく、問題の多い彼らの姿がどこか桜の様に人生という一瞬の季節を謳歌している様に見え、わたしたちは不思議とこの作品が忘れられなくなってしまうのだ。
（岡本太陽）
