サルバドールの朝 - 福本次郎

◆思想と行動、犯罪者として警察に追われることが熱く生きることと勘違いしている、そんなどこか甘ったれた青年をダニエル・ブリュールがスペイン語がけでなくカタルーニャ語まで駆使して好演。物語にリアリティを与えている。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 彩度を落としブルーを強調したさめざめとした映像は抑圧された人々の心。主人公はスペインという国とその人民を独裁政権から解放しようと戦う。しかし、彼が目指したのは、自由な社会ではなく無秩序な混沌。貧しさの中から立ち上がった革命の闘士ではなく、ただ「政治を語る」ことが若者の熱病のようだった時代にファッションリーダーになりたかっただけなのだ。思想と行動、犯罪者として警察に追われることが熱く生きることと勘違いしている、そんなどこか甘ったれた青年をダニエル・ブリュールがスペイン語がけでなくカタルーニャ語まで駆使して好演。物語にリアリティを与えている。

 ’70年代初頭、フランコ政権に対する不満がスペイン人民の間で爆発寸前、各地で反政府活動が起きていた。無政府主義者のサルバドールは他の活動家との密会現場で警官を殺してしまい死刑判決を受け、家族や弁護士は恩赦を得るために有力者に嘆願書を書き続ける。

 サルバドールらが目指したものは独裁打倒だったのだろう、しかし、彼らの過激な活動は労働者からも支持されなくなり、孤立する。刑務官のヘススが言うように、所詮はお坊ちゃんの遊びでしかないのだろう。サルバドールが、ただ一目置かれスリルを味わいたいだけにしか見えないのが最大の欠点だ。自分の境遇を反省し父に手紙を書くが、その手紙を読んだヘススが敵意を消して共感を寄せるところにこの映画の良心を見た。

 結局「鉄環絞首刑」という特異な方法で刑は執行される。首の骨を砕くところまではいかず残酷さは目を覆うほどではない。こういう処刑法がつい30年ほど前まで残っていたことのほうがショックだが、考えてみればフランスでも’70年代までギロチンが残っていたはず。唯一、サルバドールの死を目の当たりにしたヘススが、自らの職業が父親の代から刑務官という、権力側の犬であったことを恥じ、サルバドールの死によって真実は人間の目と心を開かせるということを訴えるシーンにこの映画の主張が凝縮されていた。民主化の種は体制側の人間の心にも蒔かれたのだ。そこに至るまでの描き方が平凡で緊張感に欠け、スペイン現代史に疎いものにはつらい展開だった。

福本次郎

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