サヨナライツカ - 小梶勝男

◆中山美穂が12年ぶりに主演し、夫・辻仁成の原作で激しいラブシーンを演じた話題作。イ・ジェハン監督は単なる恋愛映画とせず、中山美穂を戦後日本が失った「夢」の象徴として描いているところがいい(80点)

 古いホテルには、「魔物」が棲み着くものだ。

 本作は恋愛映画に違いないが、どこかファンタジーのようにも思える。中山美穂が演じる主人公・沓子の存在が、余りに非現実的なのだ。バンコクのオリエンタルホテル(旧ザ・オリエンタル、バンコク)のスイートルームに住み続け、いつまでも男を待っている女。浮世離れしていて、すべて男の幻想ではないかと思えるほどだ。この幻想味こそ、本作の最大の魅力であり、監督のイ・ジェハンはじめ韓国の手練れのスタッフが、すべて中山美穂のために作り上げた仕掛けだ。12年ぶりの映画主演となる中山は、幻想のマジックの中で光り輝いている。

 日本が高度成長期から安定成長に入った1975年。タイ・バンコクに赴任した航空会社のエリート社員・東垣内豊(西島秀俊)は、婚約者・光子(石田ゆり子)との結婚を控えているにもかかわらず、現地で出合った謎の女・沓子(中山美穂)と激しい恋に落ちる。沓子はオリエンタルホテルの「サマーセットモームスイート」で暮らし、高級レストランで食事をし、ブランド物を自由に買う。東垣内にも高級車をポンとプレゼントする。そして、過去をほとんど語ろうとしなかった。やがて結婚式の日が近づき、2人は別れた。それから25年後。航空会社の副社長にまで出世していた東垣内は、バンコクでの商談でオリエンタルホテルを訪れ、そこのスタッフとなっていた沓子と再会する。

 沓子は初対面で東垣内を気に入り、数日後には予告もなしに彼のアパートに押しかけ、黙っていきなりパンティを脱ぐ。そんなバカな、と思うような展開なのだが、中山美穂がこれまでのイメージを打ち破るような激しいラブシーンを演じていて、ここが見せ場となっている。裸が見えないギリギリの線で、かなり濃厚なエロチシズムを見せる。論理的に無理な展開をエロチシズムが突き破り、映画としての説得力を作り上げている。

 辻仁成の原作では、沓子は東垣内と別れてからはホテルに住んではいないし、過去も幾分は明かされている。ところが映画では、沓子とホテルの結びつきはもっと強い。余りに強すぎて、スイートルームがジョロウグモの巣に思えてくるほどだ。そして、彼女の過去はほとんど語られない。すべての背景を消し去って、ただ中山美穂とホテルだけを描くことで、中山は「夢の女」としての圧倒的な存在感を得ている。

 一方の東垣内については、原作にはない場面が付け加えられている。会社のチームで出場した野球の試合で、東垣内は監督のバントの指示を無視してホームランを打つ。現実的な策よりも、やりたいようにやる自由を選んだのだ。それが25年のサラリーマン生活で、次第に自由や夢を失い、ロック歌手を目指す息子から生き方を否定されるまでになる。

 東垣内にとって、25年後に再会した沓子は、自らが捨てた「夢」の象徴として現れ、そしてすぐに消えてしまう。大袈裟に言えばそれは、高度成長から安定成長へと移行した戦後日本のサラリーマンたちが失ってしまった「夢」の象徴でもある。女性の映画に見えて、本作は日本のサラリーマンたちの物語なのである。

 イ・ジェハン監督が、中山の生活感を出来る限り消し去ろうとしたのも、その象徴性をくっきりと際立たせたかったからだろう。中山はそれに応えて、謎の女を謎のまま、見事に演じきっている。25年の年月も違和感なく表現されていた。

 バンコクの美しい風景や、オリエンタルホテルの歴史ある佇まいも魅力的で、西島秀俊、その妻役の石田ゆり子も好演している。石田が演じる光子は原作ではひたすら貞淑な妻なのだが、映画では沓子と「対決」する場面もある。原作よりも懐が深く複雑な人物像となっている。

しかし、本作は本質的に、中山美穂のための映画だ。

 韓国映画らしいメリハリの付け方にところどころ違和感はあるものの、単なる不倫恋愛映画にしなかったところに、韓国スタッフたちの勢いと力量を感じた。

小梶勝男

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