ゴーストライター - 青森 学

陰鬱な絵作りがサスペンスにふさわしい正統派映画(点数 85点)


(C)2009 R.P. FILMS – FRANCE 2 CINEMA – ELFTE BABELSBERG FILM GmbH – RUNTEAM III LTD

Suspense《未解決・不安・気がかりの意》

冒頭、バケツをひっくり返したような土砂降りにたたられるフェリーが接岸して、船内の車両積載場所から次々とクルマが陸へと上がっていくのだが、 一台だけ取り残された主人のいないBMWがクローズアップして物語の序幕が上がる。

この作品がサスペンスとして白眉である第一の理由は、主人公で あるゴーストライターの他に、不審死した前任者の存在を常に観客に意識させていることだ。
それにより、常にシーンには何かが欠けていて、それが適 度の不安定感を全編に通じて観客に与え続けるのだ。
サスペンスの王道といっても良いのではないだろうか。

前任者の不審死から英国首相のスキャンダ ルに連なるミステリーの糸を、ユアン・マクレガー演じるゴーストライターが職業的良心から丹念に事実を手繰り寄せようとする動機は、ミステリーの 謎を解くのは探偵ばかりではなく、今や謎を謎のままにしておかない好奇心のある者に誰にでも宿ることを教えてくれる。

陰鬱な空、雨、荒々しい海、心をかき乱すような音楽を背景にストーリーが展開していくのはサスペンスの王道だが、それは監督ロマン・ポランスキー が熱狂的なヒッチコックの崇拝者であることからも窺える。
ただ、一昔の推理小説の手掛かりといえば、被害者のダイイング・メッセージであったり、 結構アナクロだけれど、物語の主人公は自分の持てるあまりの知力を総動員して謎を解いていたのだが、今回の主人公は文明の利器を活用して謎解きを している。

それは現代のミステリーの作法に則っていて、それなりにクレバーのような気はしたが、絡まった糸がその文明の利器によって一気に解決に 向かう描き方に私には少し興醒めな印象を拭えなかった。
とはいえ、昔とは違い、現代は探偵のようなしぶとさや推理力が無くても、ある程度の好奇心 と情報収集能力、メディアリテラシーが有れば結構、プロに迫る仕事を誰もが出来る世の中になったと云えるのかもしれない。

この映画の主人公もヒッ チコックの作品に登場するタフネスさは持ち合わせていない。
職業的良心と好奇心程度が彼を突き動かす動機なのだが、それでも英国政府のスキャンダ ルの中枢に切り込んでいくさまは一種胸のすく思いがある。

最後までしっぽを掴ませない食えない英国首相にピアース・ブロスナンを起用し、彼の軽い印象が英国首相の老獪さにいっそう真実味を与えていて非常 に適役のように思えた。
何かが欠けた絵作りから生じる不安定感がむしろ心地よい実にサスペンスらしいサスペンスだった。

青森 学

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