コロンブス 永遠の海 - 福本次郎

コロンブス 永遠の海

© Filmes do Tejo II - Les Films de l'Après-Midi. 2007.

◆若くして移民となった主人公が生涯をかけて祖国の復興を夢に見るが、独力でできることはたかが知れている。コロンブスがポルトガル人だったという仮説を立証しようとする医師の姿を通して、常識を疑うのが革新への道と語る。(50点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 かつて世界の富を寡占したポルトガル、いまやEUの二等国の地位に甘んじたまま栄光は取り戻すには程遠い。若くして移民となった主人公が生涯をかけて祖国の復興を夢に見るが、独力でできることはたかが知れている。せめて歴史に埋もれた事実を掘り起こし、後世に名を残した先駆者の故郷、つまりは新大陸の出発点としてもう一度注目を浴びさせようとする。そんな男の旅は正史に対する挑戦状。彼の行動を見守る国旗を纏った剣を持つ少女は、過ぎ去り日のポルトガルの象徴としてそっと物語に寄り添う。映画はコロンブスがポルトガル人だったという仮説を立証しようと奔走する医師の姿を通して、常識に異を唱えるのが革新の第一歩であることを語る。

 ポルトガルから父が住むNYに移住したマヌエルはその後医師となる一方で、コロンブスの研究に没頭する。新婚旅行で訪れたポルトガルでコロンブスゆかりの地と信じる教会などを訪ね歩く。しかし、誰もコロンブスがポルトガル人と考える者はいなかった。

 大航海時代の面影を残す古い町の教会や名所旧跡のたぐいにはエンリケ航海王子やマゼラン、ダ・ガマといった名前は残っているが、コロンブスは外国人扱い。マヌエルは、コロンブスが私生児で洗礼名を名乗っていたり、正確な記録がないのを根拠に大胆な持論を展開する。さらにCUBAというポルトガルの小さな村がキューバの語源になったというこじつけのような説まで披歴。ここまで来ると盲信に思えるのだが、オリヴェイラ監督は彼を妄想に憑りつかれた偏執者のようには描かず、あくまで傍観者のごとく穏やかに見守る。

 そして現代のNY、コロンバスサークルには巨大なコロンブスの石像が立っている。それは米国人こそがコロンブスの後継者で偉大な冒険者の遺志を継ぐものという自負。コロンブスを称えるモニュメントがないポルトガルにマヌエルは失望を隠さないが、40年以上米国に住み、彼我の圧倒的な国力の差はなすすべがないのも理解している。ポルトガルから眺める大西洋はどこまでも青く澄んでいるが米国から見る大西洋は暗く濁っているのは、ポルトガル人にとって米大陸はいまだ新天地だが米国にとって旧大陸は過去でしかないことの暗喩。もはやサッカー選手以外に外国に誇れる人材を生まなくなった祖国・ポルトガルへのささやかな皮肉が効いていた。

福本次郎

【おすすめサイト】