コロンビアーナ - 青森 学

ベッソン得意のエキセントリックなキャラクタは登場しないが、過去の傑作に比肩するアクションシーンは見もの。(点数 86点)


(C)2011 EUROPACORP – TF1 FILMS PRODUCTION – GRIVE PRODUCTIONS

『ニキータ』ではアンヌ・パリローが演じた暗殺者の狂気にも似た激しい感情が作品に充満し、『レオン』ではジャン・レノが演ずる殺し屋の絶対的な孤独が痛いほどまでに表現されていたが、今作ではそういった伏流する感情表現がいまいち足りなかったように思う。
だが、殺しのアイディアは作品の随所の活かされていて本作をアクション映画として観るならばじゅうぶん楽しめる。
手練れの殺し屋は針金製のハンガーでも凶器にしてしまうと聞いたことがあるが、歯ブラシを武器にして戦うのはクライマックスの戦闘シーンであってもちょっと微笑ましかった。

前半は幼き日のカトレア(アマンドラ・ステンバーグ)がマフィアの追撃から逃れる逃走劇をスリルたっぷりに描き、後半はシカゴに住む叔父の家に匿われたカトレアが成人して(ゾーイ・サルダナ)殺し屋となり法では裁ききれない悪人に天誅を下す様を、アクションシーンを豊富に取り入れて物語は進行する。
伏線がそれ程張られている映画ではないのだが、全編を通してこの復讐に対する作者の明確な考えが結末に近づくにつれ明らかになっていく。
ネタバレになってしまうので、そのまま書けないのだが、この映画に託されたメッセージとして「復讐は何も生み出さない」というよく云われるメッセージのほかに、「自分の行った行為にはそれに応じた報いが返ってくる」というものだ。カトレアは近親者の反対を退けて危険な復讐を強行するあまり大きな代償を払うことになる。

また、短いカットでしか説明されていないが、カトレアの叔父も自分の振る舞いに対して同じ報いを受けることになる。
今作は単純な復讐譚では済まされない人生の教訓が含まれている。
血で血を洗う抗争は満額の解決には至らないのだ。
それはまさに「人を呪わば穴二つ」なのである。

この映画は完全な復讐は存在しないことをあまねく知らしめているところは共感することが出来る。
源流をたどれば、シェイクスピアの『ハムレット』も復讐譚なのであるが、父王の王位を簒奪したクローディアスに復讐するために息子のハムレットは虎視眈々と遺恨を晴らす機会を狙うのだけれど、その過程で誤って宰相を殺害し、罪の無いオフィーリアを狂死へ追いやるなど救いが無い。
この『コロンビアーナ』もシェイクスピアの四大悲劇のメッセージに影響を受けているのは間違いないだろう。

脚本を書いているのはリュック・ベッソンとはいえ、今回は彼の得意とするエキセントリックなキャラクタは登場しない。
ゆえに、この映画で『レオン』で怪演したゲーリー・オールドマンのような役者の登場を期待するのはむつかしい。
只、そこを割り引いて観ても楽しめる要素はいくつもある。
完全なベッソン色に染まっていないのはオリヴィエ・メガトン監督の仕事へのこだわりもあったのだろう。

青森 学

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