◆俳優たちは素のままの話し方で演じ、まるでフランスの自主映画のごとく極めて個人的な人生の一瞬を切り取った日常のスケッチは、感情を強調しないがゆえのリアリティに満ち、レンズの細かな揺れでヒロインの心の動きを描く。(50点)
クローズアップを多用した寡黙な映像と、取り留めのないおしゃべりが延々と続く饒舌な食卓。冬の北海道、雪に埋もれながらそこに生きる人々の息遣いをハンディカメラに収める。俳優たちは演技をしていないような素のままの話し方で演じ、まるでフランスの自主映画のごとく極めて個人的な人生の一瞬を切り取った日常のスケッチは、感情を強調しないがゆえのリアリティに満ち、レンズの細かな揺れでヒロインの心の動きを描く。変化の少ない生活、着信のないケータイ、新たな出会い、そして事件。限られたセリフと視線だけで人間の繊細な心情を表現し、愛の切なさを浮かび上がらせる。
厩舎で馬の世話をする冬沙子は薬局を営む父から頼まれて薬の配達に行くが、帰りのバスに乗り遅れ、口がきけない渉に声をかける。何度か会ううちにお互い惹かれあい、2人はキスを交わす。そんな時、冬沙子は落馬して頭を打ち、短期間の記憶を失ってしまう。
説明はほとんどなく、状況をいきなり差し出すことでイマジネーションを刺激する。妹の早知はどうやら東京での夢に破れたようだし、冬沙子は恋人との仲が疎遠になっているよう。父は妻に先立たれ、娘にいつまでも家にいてもらいたい半面、早く結婚させたがっている。父と娘、家族という気心が知れた関係だからこその思いやりと遠慮という微妙な距離感が、淡々とした会話の中から姿を垣間見せる。
入院中に恋人が見舞いに来たのがきっかけで冬沙子は結婚話が進んだ様子。一方、記憶喪失になったせいで渉をすっかり忘れている。しかし、ここでも劇的なことが起きるわけでもなく、急に顔を出さなくなった冬沙子に対する心配と怒りともどかしさという複雑な想いを渉は持て余す。言葉が出ないにもかかわらず、たまらずに電話をかけてしまう渉の気持ちが、寒々とした風景のように凍っていくラストが印象的だった。
(福本次郎)