コクリコ坂から - 山口拓朗

見どころは1963年という時代を投影した描写に尽きる。(点数 75点)


(C)2011 高橋千鶴・佐山哲郎・ GNDHDDT

スリル、驚き、爽快感、癒し、学び、悲しみ、喜び……。映画から与えられるものは作品ごとに異なる。

スタジオジブリの最新作『コクリコ坂から』から与えられたものは、ノスタルジー、つまり、郷愁である。

東京オリンピックを目前に控えた1963年の横浜。高校に通う海(うみ)は、毎朝、今は亡き父のために、港が見える丘の上にあるコクリコ荘から旗を揚げていた。研究者の母は海外出張中で、海は、下宿人を含め6人の面倒を見ている。

一方、同じ高校の新聞部に在籍する俊は、明治時代に建てられた由緒ある部室棟――通称「カルチェラタン」――の取り壊しに反対し、抗議活動を続けていた。ふたりは心惹かれ合うが、やがてお互いの出生の秘密を知ることになり……。

見どころは1963年という時代を投影した描写に尽きる。それは「ガリ版刷り」や「ポンポン舟」「路面電車」「オート三輪」のような分かりやすいアイコンでも表現されているし、大世帯の暮らしぶりや商店街の活気、学内での熱気を帯びた弁論大会などでも表現されている。

なかでも私が好きなのは、学園の理事長に直談判に行った先で、海や俊が「待ちぼうけ」を食うシークエンスだ。理事長が姿を現すまでの間、何ら本筋には絡まない人々が、彼らの前を通り過ぎる。ところが、その名もなき人々が交わすとめもない会話から、ぷーんと時代の芳香が漂ってくるのだ。

学生たちが協力し合って「カルチェラタン」を大掃除する光景は、作品の遠景ではなく、近景として描かれている。1960年代。貧しくも希望に満ちたこの時代において、人々は密に助け合っていた。ともすればコミュニケーション不全に陥りがちな平成の時代に、ジブリがあえてこの原作(同名の少女マンガ)を映画化した理由のひとつには、消失しつつある「人と人との絆」を描きたい、という意志もあったのではないだろうか。

もっとも『コクリコ坂から』は、ノスタルジーというワンテーマで完結している作品ではなく、その中核には海と俊の純愛という「普遍のテーマ」を据えている。ときめきからスタートする一連の恋の変遷――接近、告白、誤解、決裂、修復――の過程において、鑑賞者の多くが、多かれ少なかれ経験したことのある懐かしい感情を呼び起こされるだろう。

しかしながら、この恋のドラマがいかんせん弱い。彼らに待ち受けている「出生の秘密」という障壁が安直すぎるのも問題だが、是が非でもその障壁を乗り越えようとする気概、恋の躍動のようなものが、海や俊に見られないのも残念だ。「出生の秘密」の結末を二転三転させることには熱心だが、ふたりの心情を掘り下げようという意志が微弱だ。ういういしい高校生の純愛にしては、どこか行儀が良すぎるし、彼らが抱えていたであろう葛藤や不安が描ききれていない。

宮崎吾朗監督の成長は、多くの方が認めるところだろう。前回メガホンを取った『ゲド戦記』(2006年)で散見された過剰な自意識は薄れ、作品全体を見渡す鳥瞰の視点が備わった気がする。とはいえ、果たして、この作品をアニメで見せる必要があったのか? と考えたとき、首をひねらずにはいられない。仮に、本作が『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)のような実写で製作されていた場合、あるいはアニメ(本作)を凌駕する映画ができたのでは、という思いが頭をもたげる。

ジブリに期待するのが、主人公が空を飛ぶファンタジーだと言いたいわけではないが、アニメの利点や優位性がどこにあるのかについては、改めて一考を要してもらいたいところだ。

山口拓朗

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