グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札 - 中野 豊

魅せられて、プリンセス・アクトレス♪ (点数 80点)


(C) 2014 STONE ANGELS SAS

アメリカ映画絶頂期に(1950年代)SEXシンボルと言われたマリリン・モンローの対極に位置していた生粋のアメリカン・ビューティ=グレース・ケリーは1928年にペンシルヴァニア生まれ。
父はアイルランド系の建築業者で市長選にも出たこともある名士で、母はドイツ系美形のモデル出身。
グレースは4人兄妹の3女で姉妹の中では最も美しかったのですが、学業は中位で性格はやや勝気でした。
上流階級出のグレースは父の猛反対を押し切って女優になるためにニューヨークのアメリカ演劇アカデミーにバイトをしながら通ったのでした。

そして舞台の脇役に出演し、それを観た20世紀フォックスにスカウトされたのが22歳の時でしたが年齢以上の落ち着きを持って人妻を演じたりもします。
そしてジョン・スタージェス監督が『真昼の決闘』(1952年)にグレースを抜擢してからはスター街道まっしぐらで、1954年のヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』で殺人者役を引き受け、同年に続いて『裏窓』に主演。
1955年のカンヌ国際映画祭で、モナコ公国宮殿や海洋博物館のルポ記事をゲスト記者として書いたとき、レーニエ国王と知り合ったのでした。
映画祭の翌年婚約が発表された時はまだ『上流階級』の撮影中だったのです。

さて、本作はそこからはじまります。
華やかなロイヤルウェディングを挙げてから6年後の1961年12月、グレースは二人の子供に恵まれてはいるものの王室では孤立しています。
そんなある日、脚本を手にしたヒッチコック監督が新作『マーニー』の脚本を持って出演オファーに現れます。
グレースは出演を悩みながらも社交の場も日々続き、自分の意見をはっきりと話す彼女は、政府要人や取り巻きからも浮いた存在となっていたのです。
苛立つグレースが車で山道のヘアピンカーブを猛スピードでぶっ飛ばすシーンは、グレースの最期を知る筆者にしてゾッとさせられました。

折しもモナコ公国に大きな危機が訪れます。アルジェリアの独立戦争で戦費がかさむフランス(ド・ゴール大統領時代)が、無税国モナコに移転したフランス企業から税金を徴収し支払うように要求、従わない場合はフランス領にするとの声明が出されます。
政治で頭が一杯のレーニエとグレースの距離はひらく一方、モナコ側近内部にもスパイがいることが判明してきます。
いよいよフランスとの全面対立となろうとした時、グレースはある方法を考え出します。完全なるフランス語と公妃の作法を学び、世界の要人を招き、マリア・カラスが歌う大パーティ(舞踏会)を開催し、プリンセスを演じるアクトレスの大芝居の幕あけが本作のエンディングになるのですが……。

事実に基づいた本作なので、物語にケチをつけることは出来ませんし夫婦・家族の愛情は想像を超えて深く美しい。
そして何より全編を覆う豪華な衣装(カルティエやディオール)・美術・撮影・音楽 又ニコール・キッドマンの美貌にくらくらしました。

■2013年 フランス映画/上映時間:103分/監督:オリヴィエ・ダアン/出演:ニコール・キッドマン、ティム・ロス、フランク・ランジェラ、バズ・ベガ、パーカー・ポージー、マイロ・ヴィンティミリア、デレク・ジャコビ、ロバート・リンゼイ ほか

オフィシャルサイト:http://grace-of-monaco.gaga.ne.jp/

中野 豊

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