◆欺瞞と裏切りの世界に生き、友人や同僚、果ては家族すら信じられなくなった男。そして自らもその罠に落ちる。生き残るために現実を受け入れ良心を殺していく主人公の姿を、コッポラの演出と見まがうような重厚なスタイルで描く。(80点)
諜報という欺瞞と裏切りの世界に生き、友人や同僚、果ては家族すら信じられなくなった男。そして自らもまたその罠に落ちるという自家撞着。「真実は人を自由にする」という格言を引用しながら誰もがそんな言葉を否定する世界で、嘘という鎖で縛られがんじがらめになっていく。ニセ情報を敵に信用させるための偽装、敵もまた同じ手を使ってくる。その中で何が真実かは結局誰にも分からないというすさまじいまでに情報が混迷。生き残るためにその現実を受け入れ良心を殺していく主人公の姿を、コッポラの演出と見まがうような重厚なスタイルで描く。
キューバ侵攻が失敗し、指揮を取ったエドワードの元に謎めいたフィルムとテープが送られてくる。分析するとそこには敵に情報を漏らしている男の姿と声が記録されていて、エドワードは裏切り者の正体を追跡していく。
謎を解く過程とエドワードが諜報員として歩んできた歴史が並行して語られる。大学時代に師事していた教授をナチ協力者として追放するが、実はその教授はイギリスの工作員でエドワードの教育係になるというエピソードは秀逸。誰も信じてはいけないという教えを忠実に守り、敵だけでなく味方も監視する一方、自分もまた誰かに監視されているという恐怖。そしてミスやモチベーションの低下はすぐに切り捨てられるという非情の掟も学ぶのだ。
エドワードに接触してきたソ連のスパイが口にする「軍産複合体にとってソ連が脅威でないと困る」という言葉がスパイゲームの本質を言い当てている。為政者は国民の不満を外に向けるために巨大な敵という幻想を国民に植え付け、税金を軍需産業に注ぎ込む。それはソ連も同様、冷戦という作られた緊張の上に政権基盤を築いている。諜報員たちがそれを国家に対する忠誠などと言いつくろうこと自体が欺瞞そのもの。エドワードはそれに気付いていたからこそ、息子のCIA入りに反対する。そしてその息子が情報を漏らした張本人だったという皮肉。ラスト、あらゆる汚物を飲み込むようにして新しい諜報部門責任者となったエドワードの姿に、CIAという組織の底なしの腐敗を見るようだった。
(福本次郎)