クロッシング - 福本次郎

◆平和な家族が運命に翻弄される過程で、北朝鮮の食糧難をリアルに再現。働けない者は見捨てられ、体制に不満を持つ者には収容所が待っている。その先にあるのは絶望と死、それでも生き延びようとする人間の強さには敬服する。(80点)

ネタバレ注意! この批評は結末に触れています。

 ロクに食べずに炭坑で働いているのに、成長期の子供の食事に事欠き病気の妻に薬も買ってやれない。決死の思いで国境を越えても公安の目に脅えて暮らす日々。いつか家に帰ろうという希望だけが男を支えている。しかし、彼の知らぬ間に息子は想像以上に過酷な環境で重労働を強制されている。映画は、平和な家族が運命に翻弄される過程で、国民を満足に食べさせられない北朝鮮の生活をリアルにあぶりだす。働けない者は見捨てられ、体制に不満を持つ者には収容所が待っている。その先にあるのは絶望と死、それでもなんとか生き延びようとする人間の強さには敬服する。

 妻の薬代のために中国に出稼ぎに行ったヨンスは脱北者支援団体の誤解で韓国に亡命させられてしまう。一方、北朝鮮に残した妻は衰弱死、息子のジュニはひとりで中国を目指し、国境の街でホームレスになった幼馴染のミソンをみつける。

 一般の市民でさえぼろ服や破れた靴、残飯あさりは当たり前、空腹を水で紛らわしたり、栄養をつけるために飼い犬を食べる。さらに収容所内での妊婦・子供に対しても振るわれる容赦ない暴力と洗脳教育のみならず、死体を貪るネズミや、ウジの沸いたミソンの体など、正視に耐えない現実がディテール豊かに再現される。そこはまさにこの世の地獄、考えることを放棄した人々の中で、ミソンを支え助けようとするジュニの姿がいじらしい。

 ヨンスからの送金でジュニは収容所から解放され、中蒙国境に向かう。だが、砂漠に置き去りにされ、水も食料もない。空港で足止めされたヨンスが快適なホテルでただ待つだけなのに、ジュニは壮大な夕暮れと満天の星空という美しい自然に抱かれて力尽きるコントラスト。中国に入ってからはたびたびヨンスとジュニは携帯で連絡を取り合っていて、最後には涙の再会が待ち受けていると思わせて暗転させる、あまりにも残酷な結末は涙なしでは見られない。ただふたりの脳裏から、まだ幸せだったころの記憶が消えていなかったのが救いだった。

福本次郎

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