◆あくまでも主人公とその家族の思いに視点を置いて描くことで、彼らの運命が結果として北朝鮮の実態を強く浮き彫りにする(70点)
脱北のリアルな実態を描いて、悲痛な感動を呼ぶ秀作だ。北朝鮮の小さな村で家族と幸せに暮らすヨンスは、病弱な妻のため薬を手に入れようと、命懸けで国境を越えて中国に出稼ぎに行く。懸命に働くが、不法労働と脱北の罪が重なり、不本意な状況で韓国に亡命することに。だが、その間に妻は亡くなってしまう。孤児になった11歳の息子ジュニは、父を探してあてのない旅に出るが、国境の川で捕まり強制収容所に入れられてしまう…。
3年をかけて実際の脱北者100人以上に取材したというこの映画は、脱北する事情やその経路など実像に限りなく近いという。加えて、脱北に冷淡だったノ・ムヒョン政権下での撮影は危険を犯しながら秘密裏に行われたそうだ。そこまでして伝えたかった映画のテーマは、脱北せざるを得ない実情とそれがもたらす悲劇に他ならない。風邪薬さえ手に入らない貧しい生活、食糧難による飢餓。そんな暮らしの中でも肩を寄せ合って生きる家族に降りかかる運命は、あまりにも過酷だ。父親ヨンスだけでなく、ジュニと幼馴染の少女ミソンのような、いたいけな子供にも容赦ない運命が待っている。命懸けで国境を越える人々を食い物にする人間は、他の国でも存在するだろう。だが、ジュニが入った強制収容所の実態には言葉を失った。非衛生的な環境の中、暴力が横行し、過酷な労働を強いられる。コッチェビと呼ばれるストリートチルドレンの存在と強制収容所の実態を、私は恥ずかしながら初めて知った。
本作のクレバーな点は、首領様という言葉や政府の役人は登場するが、国家や政治を直接批判する表現を盛り込んでいないことだ。あくまでも主人公とその家族の思いに視点を置いて描くことで、彼らの運命が結果として北朝鮮の実態を強く浮き彫りにする。ヨンスが欲するのは、政治や宗教という抽象的なものではなく、家族とのささやかな幸せなのだ。韓国に渡ったヨンスが声をふり絞るように訴える「イエスは豊かな南朝鮮にしかいない。なぜ貧しい北朝鮮を見捨てるのか?!」との言葉に胸が締め付けらる。さらに、父親との再会を信じて中国、モンゴルをさまよう幼いジュニの運命には、涙が溢れた。そこには一点の甘さもない。モンゴルの風景は雄大で美しいはずなのに、空虚で無慈悲に見える。監督のキム・テギュンはそれまでのラブコメディやアクション映画とは明らかに作風が異なる骨太な作品を作り上げたが、監督やスタッフの執念が映画に念写されたような迫力を感じる。拉致や脱北はニュースで聞きなれた言葉になったが、改めて北朝鮮の悲惨な現実をつきつけられた思いだ。
(渡まち子)