◆アルノー・デプレシャン監督最高傑作誕生!(85点)
日本では恋人たちの日として親しまれているクリスマス。しかしキリスト教を重んじる国にとっては日本の正月同様、その日は家族の集まる日である。家族が集まるとなると何かしらのドラマが生まれる。2008年のカンヌ国際映画祭のコンペ作品として選出されたフランス映画『クリスマス・ストーリー(原題:Un conte de Noe"l)(英題:A Christmas Tale)』はクリスマスを舞台にしたある1つの家族の物語である。
『クリスマス・ストーリー』を監督したのは『二十歳の死』で監督デビューしたアルノー・デプレシャン。彼は2004年には『キングス&クイーン』を監督し、主演のマチュー・アマルリックをセザール賞の主演男優賞へ導いた。本作『クリスマス・ストーリー』はデプレシャン監督の最高傑作であり、物語はニーチェの「道徳の系譜」の序言から幕を開ける。
アベル(ジャン=ポール・ルシヨン)とジュノン(カトリーヌ・ドヌーヴ)のヴイヤール夫婦は長女エリザベス(アンヌ・コンシニー)と双子である血液の病に冒された長男ジョセフがいた。彼に骨髄移植を受けさせる為に次男アンリ(マチュー・アマルリック)をもうける夫婦だが、それでも骨髄の不一致で7歳で長男を亡くしてしまう。この歴史がまず物語に登場する家族の根底にある。
家族の落胆を背負い育ったアンリは人生の負け犬で、彼は劇場経営の失敗から借金をしてしまう。アンリを快く思っていなかったエリザベスはそれを肩代わりする代わりに彼とは家族の縁を切ってしまう(家族行事にも参加不可)。それから6年の月日が経ち、その家族に変化が訪れる。母ジュノンが血液の病にかかり、骨髄移植を受けなければ数ヶ月以内に死ぬというのだ。骨髄が一致するのはエリザベスの息子ポール(エミール・バーリング)とアンリのみ。クリスマスにエリザベス、その夫クロード(イポリット・ジラルドー)、三男イヴァン(メルヴィル・プポー)、その妻シルヴィア(キアラ・マストロヤンニ)、甥のシモン(ローラン・カペルト)、そして久しぶりに家族の前に姿を現すアンリとそのユダヤ人のガールフレンド・フォーニア(エマニュエル・ドゥヴォス)が集い、このうまくいかない家族は決断の時を迎える…。
本作には登場人物が非常に多く、アメリカのホリデームービーの様に家族が一緒に揃ったのを機にゴタゴタが巻き起こるのだが、これはただの機能し合ってない家族の再会のメロドラマではない。エリザベスは1人息子ポールの精神が不安定で、それに悩まされており、アンリは人生に失敗し、幸せそうに見えるイヴァン・シルヴィア夫婦も夫が妻に隠している事があり、家族それぞれが心に不安を抱えており、その素晴らしいキャスト達の感情表現がリアルでわたしたちの心に触れる。また、登場人物は多いが物語としてまとまっており、本作の完成度は非常に高い。
母親であるジュノンが病気である事や、各々の抱える問題から、この家族は不穏な空気に包まれており、登場人物達は行き場を失っている。母親の癒しがこの映画には存在しないのだが、父アベルが家族をそっと支えているのが印象的で、彼が母親役に回る事で、この家族は辛うじて機能しているのが伺える。
日本映画では黒沢清監督の『トウキョウソナタ』も、作品の持ち味は随分と違うものの、それぞれに問題を抱える家族を描いていた。『クリスマス・ストーリー』にも『トウキョウソナタ』にも共通して言える事は、ネガティブな事もポジティブになりうる、という事だろうか。登場人物のネガティブな問題は、彼らが自分だけの世界を構築し、その問題を消化する事でポジティブに変わっていくのだ。だからわたしたちは『クリスマス・ストーリー』の物語の登場人物たちにどこか生き生きとしたエネルギーすら感じてしまうのだろう。
(岡本太陽)