◆資本主義イコール民主主義という間違い(75点)
銃社会や医療制度を取り上げた過去のムーア作品は十分に刺激的だった。だが、米国が抱える問題の根源を探るには、もはやひとつのテーマでは無理。そこで本作で徹底検証するのは資本主義(キャピタリズム)だ。俎上に載せるにはあまりに大きなテーマだが、実に上手くまとめており、分かりやすく面白く、かつショッキングである。映画は、1%の富裕層が底辺の95%より多い富を独占する米国の資本主義のからくりを暴いていく。資本主義イコール民主主義という間違いを正し、アメリカンドリームを夢見る庶民につけ込んだ“悪事”を、歴史的な事件で順を追って説明しながら分かりやすく描写。政治と経済の悪しき結託への怒りから、ムーアはウォール街で「僕たちの金を返せ!」と叫び、民意を反映しない資本主義を糾弾していく。
副題は「マネーは踊る」と何やら陽気だが、これはとてつもなくシリアスな、おカネに関する実録映画だ。大国アメリカの現状は、信じられないことばかり。社員に無断で死亡保険をかけ受取人になる企業。差し押さえた住宅の転売で大金をせしめる不動産業者。何より、経営破綻した大企業を助け、家と職を奪われた国民を見捨てる米政府。狂った資本主義の実態には、あぜんとするばかりだ。ムーアは米国の資本主義は悪だと断言する。社会主義がいいと言っているわけではない。“健全な経済”を取り戻し、安心して暮らせる国にしてくれと叫んでいるのだ。そして、ついに誕生したオバマ政権に期待をかける。
マイケル・ムーアの「これが最後の作品のつもりで取り組んだ」という言葉は決して誇張ではないだろう。今やオスカーを手にし、カンヌを制したムーアは、彼のトレードマークであるアポなし突撃取材を敢行することは不可能に近い。だがその代わりに、映画の語り口が老獪になった。過去の記録映像の使い方、絶妙にマッチする音楽、経済という小難しい問題を飽きさせずに見せる編集。どれをとっても一流の仕事だ。ムーアのドキュメンタリーの最大の特徴は、まず主張ありき。事実のみを並べて観客に考える余白を作る多くの記録映画に対し、彼の作品では主張と白黒がはっきりしている。それに同意するものにとっては痛快だが納得以上のものはなく、同意しないものにとっては不愉快以外の何物でもない。このスタイルには賛否両論あるだろう。だが、エンタテインメントとしても十分な資質を持つ記録映画を目指すマイケル・ムーアは、すべて承知で映画を作っている。何より、リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発し、世界中が「100年に一度」と言われる大不況に陥った今、庶民の立場に立って、経済問題に本気で取り組んだ本作は、誰にとっても無視できない。
(渡まち子)