シビレるほど素晴らしい音楽がすべて吹き飛ばす(70点)
音楽は時に個人の人生を変えるが、国や時代までも変えてみせたのがブルースではあるまいか。本作は、1950年代を中心に、シカゴの名門ブルース・レーベル「チェス・レコード」の創設とそこで輝いたミュージシャンの隆盛を描く物語だ。ポーランド系移民のレナード・チェスは、ギタリストのマディ・ウォーターズとハーモニカ奏者のリトル・ウォルターの二人の天才を雇う。黒人差別が激しい時代にチェスは人種を超えて彼らの音楽を愛し、導いた。女性シンガー、エタ・ジェイムズも加わり大成功をおさめるが、次第に彼らは酒やドラッグに溺れていく。
人種差別が音楽史に与えた影響は、決して小さくない。時には白人に曲を“盗まれる”ことも。だが、怒りや悲しみを音楽にぶつけ、魂を搾り出すように歌い上げる名曲の数々を聴くと、良くも悪くもブルースは差別によって飛躍した面があると気付く。それらはやがてロックを生み現代のヒップホップまでつながっていく音の潮流だ。ただ、華やかな成功と裏腹に、不幸や不安を薬で紛らわせるアーティストの刹那的な生き方の描写はステレオタイプ。人種にこだわらないレナードの価値観や背景も、ほとんど分からない。しかし、そんな不満をシビレるほど素晴らしい音楽がすべて吹き飛ばす。特にエタ・ジェイムズを演じるビヨンセの熱唱は心を揺さぶるもので、名曲「At Last」を聴くだけでもこの映画を見る価値があるというものだ。個人的にお勧めは、劇中で涙をためて歌う「All I Could Do Was Cry」。何度聴いても泣けてくる。
(渡まち子)